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2025.5.23

コラム

高校生が分析!ハンドボールでジャイアントキリングを起こすには!?

中高生・スポーツデータ解析コンペティション2024

JSAA特別賞受賞者ダイアログ
左下:高山瑛史さん、左上:關友明先生、右下:髙橋豊樹氏、右上:廣澤聖士理事

 

日本統計学会/情報・システム研究機構統計数理研究所が主催する中高生・スポーツデータ解析コンペティション2024の審査が今年3月に行われ、昨年に続き同コンペティションの特別審査員として携わった日本スポーツアナリスト協会(JSAA)がJSAA特別賞を選考した。

170以上にも及ぶ研究作品の中からJSAA特別賞を受賞したのは、秋田県立秋田南高等学校2年(受賞当時)の高山瑛史さんと關友明先生による「ハンドボールでジャイアントキリングを起こすには」。現在ハンドボール部でプレーしているという高山さんは、サッカーカタールワールドカップ日本代表が格上であったスペイン、ドイツを破ったことを受けて、ハンドボールでジャイアントキリングを起こすのに重要なスタッツを明らかにすることに取り組んだ。テーマの面白さやジャイアント・キリングの基準の定義、統計的仮説検定とロジスティック回帰分析を用いた解析の妥当性などが評価された。

今回、このJSAA特別賞受賞を記念して、日本におけるハンドボールアナリストの第一人者であり、SAJ2024にも登壇いただいたトヨタ車体ブレイヴキングス刈谷アシスタントコーチ兼アナリスト(パリオリンピック日本代表アナリスト兼通訳)の髙橋豊樹氏をお招きし、審査に関わった理事の廣澤を含めた4名で座談会を実施した。

中高生スポーツデータ解析コンペティション-2024-の結果

サッカーの事例をヒントにたどり着いた、ハンドボール分析の視点

【PDFダウンロード】「ハンドボールでジャイアントキリングを起こすには」ポスター

 

今回のコンペティションを自ら見つけて応募したという高山さん。過去の参加者による作品を見て、そのレベルの高さに驚いたものの、「自分がプレーするハンドボールを題材に、テーマだけは誰にも負けない面白さを追求しよう!」と決意し、分析に取り組んだと語る。

参考にしたのは、カタールワールドカップでの日本代表サッカーチームの事例。「ハンドボールでも、格上チームに勝つための鍵となるスタッツがあるのでは」との仮説を立て、分析を進めた。

使用したのは、EHFチャンピオンズリーグ男子チームのスタッツデータ。まず、チーム間の実力差をどう定義するかを考えた際に、高山さんが着目したのが「ポット制度」だった。2022-23、2023-24シーズンの試合から、ポットが2つ以上離れたチーム同士の対戦において、下位ポットのチームが勝利した試合を「ジャイアントキリング」と定義。そのうえで、ジャイアントキリングが起きた試合とそうでない試合で、各スタッツの中央値に差があるかをMann-WhitneyのU検定で分析した。さらに、下位チームの勝敗に対する影響を探るため、ロジスティック回帰分析も行い、勝利に関係するスタッツを検討した。

その結果、ジャイアントキリングに共通する特徴として、「攻撃成功率」「シュート成功率」「キーパーセーブ率」の向上に加え、「上位チームのテクニカルファウル数が多いこと」が重要であることが明らかになった。また、意外なことに、ジャイアントキリングを達成した試合では、下位チーム側のイエローカードや2分間退場の回数が多い傾向も見られた。このことから高山さんは、「退場時でも得点力を維持すること、またイエローカードや退場を恐れずに積極的に守備を行い、相手のファウルやミスを誘う姿勢が鍵である」との方針を提案した。

驚くべきは、これらの統計分析をすべて高山さん自身が独学で行った点である。日本サッカー協会が発表した似たような問題設定の研究で用いられていた統計分析手法を参考にし、ハンドボールに応用。「自分で調べたり父親からの協力を得ながら、統計ソフトEZRを用いて実装した」と話す。また、AIを活用して英語論文の読解にも挑戦するなど、積極的に知識を深めた。

ハンドボール部の顧問であり世界史教諭でもある關先生も、「分析については高山さんに任せていた」と話し、アナリストの髙橋氏もその成果と姿勢に驚きを隠せなかった。

 

プロアナリストも重要にしているミス率と積極的な守備

「まずは、問題設定のユニークさに惹かれた」と語るのは、現役アナリストの髙橋氏。ジャイアントキリングの定義にEHFチャンピオンズリーグのポット制度を活用した点にも、十分な納得感があると評価する。

今回の分析結果に関連して、現場のアナリストにとって重要な指標は相手にボールを渡す原因となる「ミス」の数や率、であるという。特に、今回高山さんの分析から、ジャイアントキリングを起こすために鍵となると判明した「シュート成功率」や「キーパーセーブ率」などについては、「どの程度の成功率(あるいは失敗率)を目指す(あるいは許容するのか)のか」をチーム内で明確に定め、共有することが重要だと髙橋氏は語る。実際、試合中に監督からこのような数値の状況について尋ねられることも多かったという。髙橋氏の感覚値としては、日本リーグにおいて1試合で許容されるミスの数は12〜13回(率にして約20%)までとの認識がある。ジャイアントキリングを狙う場合は、このミスの数をさらに減らす必要があるだろうと述べた。実際、オリンピックで格上を倒す必要があった日本代表チームでは、「ミスは9回以内」という目標を設定していたという。

分析の次のステップとして、どの程度までミスを許容できるかを導き出せれば、チーム戦略としてすぐに活用できるのではないか、との具体的なフィードバックを寄せた。なお、この数値は分析対象のレベルやカテゴリーによって異なる可能性があるため、髙橋氏は高山さんに「ぜひ高校チームのデータでも検証して、基準を作ってみてほしい」とアドバイスを加えた。

さらに、高山さんの分析結果を受けて提案された「相手にミスを誘発させる積極的なディフェンス」の重要性についても、髙橋氏は現場目線から強く同意している。強いコンタクトを受けながらのプレーは精度が低下するため、意図的に相手選手へのコンタクトを伴うディフェンスを行う戦術は有効であり、「自チームが積極的なディフェンスができていない場合は、むしろファウルを恐れずコンタクトプレーを指示することもある」と語った。

実際、髙橋氏が所属するトヨタ車体ブレイヴキングスはリーグ暫定首位でありながらリーグ内で2番目に退場者数が多かったという。髙橋氏も「自チームが敗れるときは、相手から積極的なコンタクトディフェンスを受け、自分たちの思い通りのプレーができないときだ」とし、強いコンタクトを伴う積極的な守備の重要性を実感している。

「退場者数を気にせず、相手に圧力をかける積極的なディフェンスが勝利の鍵になる」という高山さんの分析結果は、現場のプロアナリストにとっても、納得感のある内容だったと言える。

 

データ提示のタイミングを見極める――現場での実践知

高山さんから髙橋氏への質問として、「相手選手のシュートコースなど、確率的な情報をどのように活用しているか?」という問いが投げかけられた。これに対し髙橋氏は、「確率の高い行動に、あえて相手を誘導することが重要だ」と答えた。

例えば、相手選手の得意なシュートコースが事前に分かっている場合、そのコースを選ばせるようにディフェンスやキーパーの動きを調整し、確率の高い行動を意図的に引き出す。その上で、その行動に対して的確に対応する、という戦術を現場では実践しているという。このような点からも、選手ごとの傾向や確率的な情報は極めて有益であり、戦略的に活用されていることが伺える。

また、髙橋氏は、現場で特に重視しているスタッツとして「ミス率」と「シュート成功率(キーパーのセーブ率)」の2つを挙げた。これらの数値が互いに拮抗している場合、次に試合の勝敗を左右する鍵となるのが「リバウンド成功率」であると考えているという。リバウンドは、攻守の切り替えに直結し、二次攻撃や防御機会の創出に直結するため、僅差の試合で、ミス率やシュート成功率が拮抗している場合に最後に効いてくるファクターになると強調した。

さらに、選手やチームに対して、これらのスタッツをそのまま提示することはあまりないとも語った。データを一方的に示すのではなく、「勝敗の要因」や「プレー、戦術の良し悪し」を伝える際に、ポイントを絞ってピンポイントで数値を用いることが大切だという。情報を伝えるタイミングや文脈を見極めることで、選手に与えるインパクトが大きく変わる。だからこそ、「タイミングを見極めてデータを提示することが、現場では非常に重要である」と髙橋氏は語る。数値は戦術理解を深めるための道具であり、選手にとって意味のある瞬間に活用されて初めて、その効果を最大限に発揮するのだ。

 

スポーツデータ解析コンペティションの意義

最後に、今回のスポーツデータ解析コンペティションの意義について、各立場から意見が寄せられた。

まず、指導教員の關先生は「高校教育の現場でもデータサイエンスの導入が進んでいるが、実際に生徒がそれを自在に使いこなす段階には、まだ至っていないという印象を持っている」と語った。今回のコンペティションにおいても、ここまで高度なデータ分析を生徒が行っているとは、指導する立場として想定しておらず、大きな驚きがあったという。

当初は「高校生には少しハードルが高いのでは」と思っていたが、高山さんの発表を通じて、周囲の高校生にも良い刺激を与えるきっかけになったのではないかと捉えている。また、生徒にとっても、本コンペティションを通じて「データサイエンスを用いて物事を論理的に考察・表現する力」の重要性を実感する機会となり、自らの興味や将来の進路について深く考える契機となったと感じている。

關先生は4月から別の学校に異動したが、「この成果を、ぜひ部活チームに還元し、実際の競技や活動に活かしてほしい」と期待を込めた。

続いて、高山さんは「もともとスポーツのデータを見ることが好きだったが、コンペティションに参加したことで、データ分析の面白さをより強く感じるようになった」と語る。以前からアナリストという仕事に対して「かっこいい」という憧れを持っていたが、今回、実際に自分の手でハンドボールの分析に挑戦したことで、その分野への理解が深まり、将来について具体的に考えるきっかけになったと振り返った。

髙橋氏からも、「今回の分析結果をさらに深め、現場で活用することは非常に重要である」とのコメントが寄せられた。特に、高山さんがまだ高校2年生である点に触れ、「高校生活の中で、さらにこの分野を掘り下げる時間があるのは大きなチャンス。ぜひこの興味を突き詰めて、ハンドボールに限らず、幅広い分野で成長していってほしい」とエールを送り、座談会は終了となった。

高山さんの今後の活躍を日本スポーツアナリスト協会一同期待しております!

今後も日本スポーツアナリスト協会では関連人材の育成や支援に様々な形で協力していきます。

(テキスト:廣澤聖士)