Pick Up Analysts

2022.1.19

スポーツアナリストという職業を“普通の選択肢”にしたい

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第28回は、2021年夏に行われた東京オリンピックでホッケー日本代表のアナリストを務めた川口雄大氏を紹介します。川口氏はHudl(以下、ハドル)やSPORTSCODE(以下、スポーツコード)といったスポーツアナリストが試合の分析を行うのに欠かせないツールについて、日本における販売、普及とユーザーサポートを担っている株式会社フィットネスアポロ社の社員でもあります。

営業担当から縁あって日本代表アナリストに就任

―アナリストになったきっかけを教えてください。 

学生時代にフィールドホッケーに携わって、本当に楽しい競技だなと。ただ、マイナー競技なので周りの人に知られていないのが悔しくて、ホッケーに携わる仕事がしたいと思ったんです。学生時代にホッケーのコーチ講習会で分析のコマを担当していたのがフィットネスアポロ社という会社でした。講習に参加していた当時の監督に紹介してもらい、話をさせていただいたのですが採用の予定がなく、一度は諦めて不動産賃貸の営業職に就きました。でもやっぱりスポーツ、ホッケーに携わる仕事がしたいと思い、機会をあらためてフィットネスアポロ社に転職しました。

フィットネスアポロ社はスポーツコードという分析ソフトを2000年から取り扱いはじめ、ホッケー日本代表が使用していたので、それを触れるようになればホッケーにも携われるのではないかと思いました。しかし、入社のタイミングで営業が足りなくなってしまったのでアナリストではなく営業に配属になりました。2013年から営業をやっているので現在9年目ですね。

 

――そこから東京五輪で日本代表のアナリストを務めることになった経緯を教えてください。

営業として、ホッケー協会を担当していたので、日本代表のコーチや関係者の方々と話す機会があったんです。代表には専属のアナリストはいなくて、コーチが分析をやっているような状況だったのですが、専任のアナリストを協会が雇うことになりました。そこでアナリストの仕事を教える人が必要だという話があがり、私は分析ソフトを扱っていますし、ホッケーの現場の知識も多少は持っていたので、「ぜひ来てください」と声をかけていただきました。本業があるのでスポットという形にはなりましたが、2019年の春からイベントや東京オリンピックなどの際はすべて帯同させていただくことができました。

私は営業なので会社としては難しい事情もあったのですが、私がホッケーが好きなことや、元々の思いを理解してくれていたので承諾をいただけました。オリンピックが終わった後も、スポットや遠隔でできるサポートをしています。

スポーツコードとハドルが欠かせない理由

-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?

分析したからといって必ず勝てるわけではないですが、勝利したあとに選手から私の作ったデータや映像で「あのシーンは改善できました」みたいな言葉をかけてもらえたときが一番うれしいです。もちろん立場上、選手といつも話をするわけにはいかないのでコーチを通してほしいと言うこともありますが、選手たちがハドルの映像を見る時間は最初より明らかに増えていきましたし、「映像をください」「あのデータがほしいです」というような要望が増えていった印象があります。

 

―アナリストの仕事で一番大変なことは?

オリンピックは短期決戦なので、ホッケーは2日連続で試合をやって1日空くようなタイトなスケジュールでした。日本戦以外でも2、3試合は分析しなければならなかったので大変でしたね。日本代表のアナリストは私を含め2人いましたが、2会場で試合が行われたので1人ずつ会場に付きっきりです。真夏の酷暑の中でデータを収集して、すぐに選手たちに共有する。体力的にきつかったです。さらにコロナ禍での大会となったので、選手村に入れる人数も制限されていました。私は入れなかったので、時には直接渡すため車で30分かけて渡しに行くこともありました。

さらにコロナ禍の影響で五輪前の試合がほとんど開催されませんでした。そのため、本大会になると今までと全然違うことをやってくる国もありました。そのとき、五輪前までの分析データはすべて無駄になったなと思いましたね。日本と対戦する前に行われた五輪の数試合を分析するしかないのですが、試合数が少ないのでどこまで参考になるのかというのも判断しなければなりませんでした。

 

―大会前に収集したデータを捨てるのは難しい判断ですね。川口さんが判断で重視したのはどんなことでしょうか。

五輪前のデータと大会中のデータだったら、母数は少なくなりますが大会中のデータが正しいのかなとは思いました。なので大会中にデータを収集して、分析して、フィードバックするという作業がいかに早くできるか。選手も疲れて早く寝てしまうので、起きているうちに分析結果を渡さないといけません。そこで知識や経験があったことで、少しは貢献できたのかなと感じました。最終的に判断するのは選手たちだったので、選手たちは大変だったと思います。でもこういうことが起こるのが、国の威信をかけて戦う五輪という舞台なんだなと思いました。

 

―分析に欠かせないツールや情報は?

スポーツコードとハドルです。リアルタイムな分析やフィードバックにスポーツコードを、共有にはハドルを使う。このワークフローを他の方法でどうやってやればいいのかと思うぐらいです。もちろん代替手段はあると思いますが、私の知る限りで代表戦などの高い水準でデータを活用するためには、他のツールでは難しいと思っています。打ち込んだデータをカスタマイズして表示するなど、すべてが効率化できるのは間違いなくスポーツコードしかないです。カスタマイズの部分は重要で、それぞれによって絶対にデータの「定義」が違いますから。分析ソフトを使わず、データ収集や分析に時間をかけるぐらいだったら、その時間でお金を稼ぎ、分析ソフト購入費にお金を費やしたほうがよいと思います。

アナリストは「定量」と「定性」を使い分ける

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?

「定量分析と定性分析を使い分けることができて、うまく選手やコーチにフィードバックができる人」です。仕事上、いろいろな人の話を聞きますが、ただ映像やデータをコーディングして渡すだけだと「データコーディネーター」になってしまいます。アナリストはデータや映像を活用してどうチームに還元するか、1%でも勝率を上げるためにどうするかを考える人なのかなと。トップレベルの人たちは定量と定性をうまく使い分けていると思います。

 

−自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか? 

ゲーム競技をやっているのですが、個人競技にも興味があります。とはいえ、対戦形式が面白いと思っているので、例えば「剣道」ですかね。ホッケーとは道具を使っている競技という共通点もありますし。得点を競うのではなく相手をどう倒すかを考える競技なので、そういった観点でも分析のしがいがあるのではないかと思いました。チーム競技は個人を分析することがありますが、やはり全体を見る必要があります。個vs.個なら、その選手の分析に注力できるのかなと。分析を間違えたらそのぶん影響も大きそうですが、それもまたやりがいなのかなと。

 

-アナリストになっていなければ、何をしていたか?

この職業を見つけられなかったらスポーツ業界にはいないと思います。前職も普通のサラリーマンですし、私の両親は町役場に務めているので、そういう安定した職業に就いていたと思います。

重要なのはアナリストになりたい気持ちと、なってから何をしたいのか

オンラインでインタビューに応じた川口雄大氏

―今後の夢、目標は?

スポーツアナリストが就職できる場所の募集が毎年あるような状態を作りたいです。仕事で学生と話す機会もあるのですが、本当に気持ちがあって自分からアクションできる人はアナリストになっていると思います。ですが、そういう人たちだけではありません。能力は高いけれどその一歩が踏み出せていない人たちが多くて、そういった人たちがアナリストになれない環境がすごくもったいない。普通の就職先として、スポーツアナリストが選択肢に入るような環境にしていきたいです。

もう1つはホッケー日本リーグにアナリストが全然いないという状況がすごく悲しいです。データ活用が進んでいかないこの状況はまずいなと。最低でも日本リーグの各チームに1人ずつアナリストがいる状況にしていきたいです。そのために関係者の皆さんには分析が大事、そして分析できる人が必要という気持ちになってほしいです。そのためには地道に啓蒙活動をしていくしかないと思っています。

 

―アナリストに必要な資質は?

色々な要素が考えられますが、最終的には「アナリストになって何をしたいのか」という気持ちを持っていて、さらに前に一歩踏み出せるかどうかだと思います。何もないところに踏み込めるかどうかですね。あとはコミュニケーション能力でしょうか。チームの雰囲気や空気感を感じ取って最適なコミュニケーションができないといけない気がします。

加えて、私もいま勉強中なのですが、英語をしゃべれたらよかったなと思いますね。国際舞台で海外の方々と話すことができれば、もっと深い情報が得られることを痛感しました。

 

―どうしたら、スポーツアナリストになれると思いますか?

なりたいという気持ちを持ち続けること。折れずに、戦い続けること。本当になるんだという強い気持ち。そしてなるためにはどうすればいいのかを考えられる人であれば、スポーツアナリストになれると思います。

(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)

アナリストプロフィール

アナリスト

川口 雄大 氏

株式会社フィットネスアポロ社、ホッケー男子日本代表アナリスト

2013年から株式会社フィットネスアポロ社で営業を務め、スポーツチームや団体に対し、ハドルやスポーツコードの導入をサポートしている。2019年にホッケー男子日本代表のアナリストに就任。チームの戦術や練習内容、対戦相手の分析など、多岐に渡る内容を分析している。

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