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2018.7.3

GAME CHANGERS

「GAME CHANGERS」 データスタジアム編Vol.1 「サッカーのデータ分析の仕事とは」

日本における現存のスポーツ産業の仕組みを抜本的に変革する人や企業、サービスを紹介していく連載企画「GAME CHANGERS」。今回取り上げるのは、スポーツデータ配信サービス、分析ソフトの開発などを行っているデータスタジアム株式会社です。プロ野球の一球速報や、Jリーグの試合、サッカー日本代表戦の数字を用いた分析などでファンを楽しませているほか、チームに対しても強化に役立つデータを提供するなど、スポーツデータを中心に据えたユニークな事業を行っている企業です。

同社は、映像をもとに、プレーデータを入力、収集・管理し、ニーズに合わせて加工して伝えるという一連の工程を手掛けており、連載の1本目は、その流れをどのように行っているのかについて、サッカーを題材に取り上げます。

入力作業を説明するフットボール事業部の山田将平氏
入力作業を説明するフットボール事業部の山田将平氏

1試合約2000プレーの入力で12時間

ズラリとパソコンが並んだ東京・赤坂のビルの一室は、どこか緊張した空気に包まれていた。スクリーンを真剣に見つめるスタッフは、黙々と手を動かし続けていた。スクリーン左には試合の映像が映し出され、右には罫線の引かれたピッチの画像を真ん中にした入力ソフトが立ち上がっている。

「どこで、誰が、どんなプレーをしたか、を入力します」と、フットボール事業部の山田将平氏。俯瞰した試合映像から芝目のパターンを参考にプレーの発生した場所を判断してピッチの画像上をクリック、その左にある選手名の一覧から誰かを選択し、右にある「ドリブル」「パス」などの一覧からプレーを選んでいく。シュートは球筋やゴールの枠のどこに飛んだのかなど、より詳細な項目も入力する。熟練したスタッフはマウスで選択するのではなく、ショートカットキーで入力するという。1試合で入力するプレー数は約2000もあり、12時間ほどを要する。長時間の集中力が必要な、実に地道な作業だ。

2年前に大きくシステムを変更し、高速で、しかも1試合を複数のスタッフで分担して入力できるようにして、リアルタイムでの情報発信を求める顧客にも応えられるようにした。これとは別に、ボールと関係ないところの選手の動き、各選手の走行距離や速度、移動の軌跡などは、スタジアムに設置された専用のカメラを使ったシステムでほぼ自動的に収集される。トラッキングデータと呼ばれるものだ。

サッカーのデータ入力画面(データスタジアム株式会社提供)

80時間以上の研修を経た約300人のアルバイト

「難しいのは、引いた映像から選手を判別することと、クリアなのかパスなのかと言ったプレーの判断です」と山田氏。選手を判別するには、背番号に加えて、スパイクの色や髪形などが手掛かりになり、それらをメモとして予め用意する。プレーには定められた判断基準がある。こうした一連の入力に必要な内容や作業を新しく入ったアルバイトに学んでもらう研修には、80時間以上をかけている。プレーを判断する技術を上げるために、クイズ形式で正答数の合格ラインも定めているという。アルバイトでも経験や技術に違いがあり、熟達したアルバイトが時にはマンツーマンで教えることもある。“商品”の質を支える土台は、入力の精度だ。

サッカーの他に野球、バスケットボール、ラグビーで同様の入力作業を行っている。週末にはJ1からJ3までをカバーしているJリーグだけでもかなりの試合数になることなどから、アルバイトの登録人数は300人を超える。社員の約3倍もおり、いかに大きな戦力になっているのかがわかる。

こうして入力されたデータは、ソフトと人手を合わせて4段階でチェックする。試合のデータは映像と関連付けて集積、「フットボールアナライザー」というシステムで分析し、同社内のアナリストが使用するほか、契約したJリーグクラブのテクニカルスタッフや強化担当者らも使用できる。つまり、メディアと、チームの強化の現場が情報を提供する主な顧客である。

印象をいかに数字で証明できるか

メディアがデータを使って、スポーツを論じることがますます増えている。皆さんの中には、スポーツ新聞やウェブサイトでデータスタジアムが提供した各選手のパス成功率や選手間のパス本数、走行距離などの表を目にしたことがある人も多いだろう。また、図表に合わせて、分析したコメントが掲載されていることもある。データを独自の観点で分析した内容をメディアに提供する「サッカーアナリスト」を務めているのが滝川有伸氏だ。「強化の方は自分たちのことを振り返るために、勝つために使っていますが、メディアに対しては細かい部分はあまり触れずに、いかに面白く、わかりやすく見せるかを重視していますね」と言う。

一部のスポーツ紙では「フットボールアナライザー」を使用して数字に強い記者が分析して記事を書いているが、多くはメディアの担当者から電話やメールで「この選手の昨日の試合のプレーの特徴がわかるものを」などと問い合わせが来たものに対して、滝川氏が「このデータが一番いいのでは」と提案する形でやり取りするという。メディアと言っても幅は広い。「データの提供の仕方は見る層によって違います。お昼の情報番組なら、とにかくわかりやすさ。言い切って曖昧にしない、みたいな。スポーツ番組、サッカー番組なら、もう少し踏み込んだデータを出します。テレビは一瞬で伝わらないといけませんが、紙面なら文章で読み返してもらえることも意識します」。

中継を見たり、報道から、漠然とした印象は多くの人が持っている。「見た人の印象や監督・選手のコメントに出ているようなことを、いかに数字で証明できるか」。それが腕の見せ所だ。最近(2018年6月に取材)では、サッカー日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ前監督と西野朗監督の戦い方の違いを数字で浮かび上がらせ、西野監督の方がポゼッションを志向していてアルベルト・ザッケローニ監督時代(2010~14年)に戻っているのでは、と指摘したものが話題を集めた。「データを出した後の反応は気になります。ツイッターのコメントは反応が早い。こういうのが受けるんだなというのもわかりますし、モチベーションにもなります」。

サッカーアナリストを務める滝川有伸氏

どう組み合わせるか、発想ができるかはその人次第

滝川氏はサッカー選手の経験はない。体育が得意だったわけでもないという。2002年サッカーワールドカップ日韓大会の盛り上がりをきっかけにサッカーに大きな関心を持ち、野球などのデータを見ること自体は好きだったことから、募集を見かけた2003年からデータスタジアムでデータ入力のアルバイトを始めた。3年半ほどで200試合以上の入力作業を行った。「あの経験が絶対、今に生きている。分析は簡単にできると思われているかもしれないが、データが意味することを正確に伝えるためにはどういうふうにデータを入力しているのかがわからないとできない。各データの定義やサッカーならではの曖昧さのことも頭に入れているし、こう入力しているから、データをこう引っぱり出せるというのがわかる」と言葉に力を込める。

パス数などの単純なデータ項目だけでなく、それらに、時間帯、エリア、状況などをどのように組み合わせて、言わんとすることを証明できるか。「こういう感覚を教えるのは、マニュアルを作ってできることじゃない。この発想ができるのかは、その人次第。今はないものを作り上げることが好きかどうかにもよります」。2006年から社員となったが、データを加工していかに使ってもらえるかを考えることにどんどんのめり込んでいき、今に至る。分析の具体的な方法は誰かに教えてもらったものでなく、独学で積み重ねていった。探求心がこの仕事を支える。

プレーの難易度が評価できるようになれば面白い

投手対打者の1対1の状況が中心である野球に比べて、11対11で動きが複雑に絡み合うサッカーのプレーの分析は難しく、まだ発展の余地がある。滝川氏は今後、サッカーのデータ活用をどのようにしたいと考えているのか。「野球に比べるとまだまだ曖昧なところが多い。トラッキングデータを組み合わせるなどして、そのプレーの難易度が評価できれば、ファンが見てもわかり易くなるだけでなく、例えば、チーム内での選手の査定にも使える。ワンランクアップするものをつくっていきたい」。

入力の作業は地道で、正確性が求められる。それとは対照的に、その後に続く、メディアに情報を出していく仕事は発想力や創造性が求められる。データスタジアムが行っている映像をもとに、プレーデータを入力し、収集・管理し、ニーズに合わせて加工して伝えるという一連の工程は、コンピュータや数字を扱いながらも、関わる人の熱意がひしひしと感じられるものだった。

(取材・文:早川忠宏)