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2018.7.4

GAME CHANGERS

「GAME CHANGERS データスタジアム編Vol.2 「スポーツアナリストを育てるには」-渡辺啓太代表理事とデータスタジアム株式会社フットボール事業部久永啓氏、藤宏明氏が対談-

左から渡辺啓太JSAA代表理事、データスタジアム株式会社フットボール事業部久永啓氏、同藤宏明氏
左から渡辺啓太JSAA代表理事、データスタジアム株式会社フットボール事業部久永啓氏、同藤宏明氏

日本における現存のスポーツ産業の仕組みを抜本的に変革する人や企業、サービスを紹介していく連載企画「GAME CHANGERS」。データスタジアム株式会社の連載の2本目は、フットボール事業部のアナリストで、同社の「スポーツアナリスト育成講座」の講師も務めている久永啓氏、藤宏明氏に対して、日本スポーツアナリスト協会(以下、JSAA)代表理事の渡辺啓太が聞き手となり、スポーツアナリストの育成をテーマに議論を深めました。Jリーグのクラブで分析の現場にいた経歴を持つ両氏と、全日本女子バレーボールチーム情報戦略担当チーフアナリストとして最前線に立ってきた渡辺の対談は、アナリストの現状から歴史を振り返り、最後はどのようにして育てていくのかという未来にまで話が及びました。

サッカーのアナリストに元トップ選手はほとんどいない

渡辺 アナリスト、分析スタッフのニーズは、サッカー界では高まっているのでしょうか?

 

 クラブの現場の人と接していますが、「誰かいない?」という話は毎年あります。人数を増やすか、誰かが移った時にそこを埋める人を探しているというのはあります。

 

久永 J1、J2では、分析スタッフを置くのが当たり前になってきたのが、この2年くらい。それまでは、そこに人を割けないから、コーチがやるしかないという感じでした。あとは、パソコンが使えて、サッカーをある程度わかってという人に任せるのではなく、質を求めるというか、もっとできる人を求めるクラブもちらほら出ています。

 

渡辺 どんな人がアナリストをしていますか?

 

久永 高校、大学までサッカー選手だった人は多いと思いますけど、トップ中のトップでプレーしていた人は、ほとんどいないのではないでしょうか。選手としては、夢の世界であるJクラブには入れなかったけど、コーチやスタッフとして入りたい人は結構います。大学では選手ではなかった私もそうでしたが、たとえば、元日本代表選手だった人がクラブに監督として戻ってきた時に、その人たちと勝負するには自分が何を武器にするかというと、分析スキルだったり、データを扱えることでした。

 

渡辺 バレーボールでは世界の流れには遅れていたものの、データバレーというソフトが入ってきたのが2003年ごろで、兼務も含めてVリーグのチームにアナリストがいるようになったのが2006年ごろでした。サッカー界では、どのように時代が流れていったのでしょう?

 

 私がマネジャーとしてクラブ(ヴィッセル神戸)に入ったのが2006年だったのですが、同じ時に筑波大のコーチをしていた人が分析スタッフとして入りました。私が分析担当に変わったのは2010年でしたが、まだJ1の半分くらいのクラブにいたという感じで、全クラブに浸透したのは、その1、2年後ではないでしょうか。バレーボールの方が早いな、と聞いていて思いました。

 

久永 1996年アトランタ五輪代表や1998年のワールドカップ(フランス大会)日本代表では、すでにビデオを使って対戦相手の分析や偵察をしていたそうです。その後、まずは、アンダーカテゴリー(年代別)の代表チームからテクニカルスタッフ(分析スタッフ)がついたと思います。田嶋(幸三=現日本サッカー協会会長)さんがU-17日本代表監督になられた時(2001年)に、和田(一郎=現U-21日本代表コーチ)さんが入りました。その後、日本サッカー協会に(選手情報や科学的データの収集・管理、対戦チームのスカウティング、映像の撮影や分析などを行う)テクニカルハウスというのができて、そこからクラブに移る人も出て、広がっていきました。

仕事を通じて教わりながら学ぶ

渡辺 お二人はどのようにしてアナリストになったのですか?

 

久永 体育経営学を学ぼうと筑波大の大学院に入り、そこに田嶋幸三という人がいるのは知らなかったのですが、「田嶋さんが映像編集や分析を手伝ってくれる学生を探している」という話を聞いて、その仕事をする中で和田さんにいろいろなことを教わりました。日本サッカー協会の仕事を通じて、トップの指導者と接することもあり、そうした中で、こういう仕事は面白いなと感じるようになりました。街のクラブに一旦入りましたが、その後、育成年代のコーチとして(サンフレッチェ)広島に入りました。トップチームの試合映像を編集して、子どものスクール生に見せたりもしつつ、自分が生き残るためにはこれしかない、と思って分析のスキルを磨き続けていました。その後、協会の指導者講習会を通じて知り合いだった森保一さんが監督に就任したタイミングで担当するようになりました。

 

 私は筑波大で主務をやっていたので、当時は、コーチングスタッフが映像をいじっているのを横目で見ていたくらいでした。(ヴィッセル)神戸に入ってからもマネジャーとして、荷物を運んだり、スパイクを磨いたりしていました。ブラジル人の監督が就任した時に、分析担当は誰かいないのかと要望があり、コーチの一人がなったのと同時に、自分も兼務でやるようになりました。マネジャーとしてどうするか、特徴を持つことを考えた時に、分析という道にチャレンジしてみようと。筑波大の人やいろいろな人に教えてもらいながら学んでいきました。

 

渡辺 バレーボール界では、大学で、常にチームにアナリストがいますというところもあるんですけど、そういう大学では先輩が一年生のアナリストに教えたり、オンザジョブトレーニングで学んでいます。お二人は現場で教えたりした経験はありますか?

 

久永 広島では他のコーチに映像編集を教えていました。

 

 他のクラブの分析担当とは、よくコミュニケーションを取っていました。例えば、先乗りスカウティング(今後の対戦相手の視察)に行った時に、他のクラブの担当と一緒になり、どんなことをやっているの、と聞いたり、泊まりの時は一緒に食事に行って、結構積極的に話していましたね。

現場で使えるスキルを知ってほしい

渡辺 サッカー界におけるアナリストの歩みが、だんだんわかってきました。その中で、「スポーツアナリスト育成講座」(データスタジアム社の持つリソースを活用して、分析現場で活躍できるアナリストの育成を目指す。2017年5月から取材時の2018年6月までに、すべてサッカーを対象として3度開講。約10人が、全6~8回のコースを学ぶ)を始めた経緯は、どのようなことだったのでしょうか?

 

久永 毎年シーズンオフになると、クラブから「テクニカルスタッフ(分析スタッフ)はいないか?」と問い合わせがありました。紹介したくてもいないとか、会社からできる人を複数のチームに派遣するというのも(情報管理の観点から)できない一方で、その役割の重要性やクラブが困っているのもわかっていました。人数を増やさなければならないと思いましたし、会社としても、我々が求めるスキルとか、分析ツールを扱える人間がクラブにいた方がよりよいという狙いもあって、自分たちで育てて送り込もうと考えました。

 

渡辺 ニーズがクラブ側にあって、その中で育てることを見いだしたということですよね。あと、カリキュラムが、全6回でそれぞれ2時間ということを考える中で、工夫したことは何ですか?

 

久永 現場で使えるスキルを知ってほしい、という思いがありました。僕らも、いろいろな人とやり取りしながら学んでいったので、その場を作りたかったんです。なので、後半の4

回は準備して発表して、僕らの意見も言うし、お互いに学んでもらう。前半は、その前提としてまず教えなければいけないことがある、という内容をやっています。

 

渡辺 講座を見学させてもらった時に、講師から言うだけでなく、受講生同士にあえてお互いにコメントをさせ、学びあうような進行になっていて、それはすごくいいなと思いました。

 

久永 個人での分析だけでなくグループで持ち寄ってやってみたら、非常に学ぶところがあったという参加者からのフィードバックがあって、それで一つの試合を2人が分析してお互いが言う形を取り入れました。僕よりサッカーをいっぱい見て、知識もある学生がいて、その良さも引き出した方がいいなと。データに興味を持っている学生も増えています。

 

渡辺 映像やデータ、分析のツールなどは、受講生にどんなものを提供しているのですか?

 

 我々の会社のシステムを提供して、時間の効率化を図ってほしいのとシステムに慣れてほしいという狙いがあります。普段はなかなか触れないようなものです。敢えて説明はせずに使ってもらっています。自分も現場で誰かに教えてもらった記憶はないですし、一人でどんどんやってほしいので。

説明をする藤宏明氏

分析のデザインという考え方

渡辺 使えるデータは実際に取ったものを提供しているのか、データを取ることも経験させているんですか?

 

 講座で「データ」をテーマに説明する回があり、「この試合の前半を見て自分でデータを取って下さい」という課題を与えました。かなり細かく取る人もいましたし、数を数えるくらいの人もいましたが、必要があれば自分でデータを取る、というのは学んでもらっています。我々が提供していないデータを自分で取って、プレゼンの際に入れている受講生も出てきています。

 

久永 「データはすごい」という思い込みがあると、そこから入ってしまうというか、中には定義もわからずに使ってしまう人もいます。データは、パフォーマンスを上げるとか、チームの勝ちにつなげるための手段の一つであって、そのためには、自分ならどういう視点から見て、どういうデータが必要かと考えるところから伝えています。

 

渡辺 今はデータを提供してもらったりとか、買い取ったりとか、集めるのは、労力をかけずともできてしまいます。そこであえて、自らどういうデータを取ったらいいかを考えるとか、本当に泥臭い、地味な記録や集計をしていく作業を体験することは、とても大事なプロセスですよね。与えられた材料でやるんじゃなく、試合を分析する中では道具は何であってもいいわけで、分析全体をデザインする力につながっていきそうな取り組みですね。

 

久永 その考え方をサッカー界に広めたいというのがあって、地方のサッカー協会で話したこともあります。考え方を身につけることは、高いシステムを使わなくてもできるので、街のクラブの人でも絶対にできる。客観的に見るために、必要なデータを集めて使うというのは、分析のデザイン、ってすごくいい言葉だと思いますけど、根本の考え方として皆さんに知ってほしいところです。

 

 ツールから入る、データから入る人がすごく多い。そうじゃなくて、現状で何ができる、その中でツールを使うのが有効であれば、という段階が大事だと思います。

 

渡辺 これまで講座を続けてきた中で、いろいろと教えてきましたが、逆にこれだけは教えられない、教えるのが難しいということはありますか?

 

 渡辺さんも経験がいろいろあるのでわかるかと思いますけど、監督によって求めるものが違ったり、選手によってコミュニケーションの取り方が異なるとか、そういったところは現場に行かないとわからない。いろいろな人がいますし、クラブの特徴もあります。

 

久永 環境構築力とか現場対応力も必要です。講座でも自分の経験の説明はするんですが、実際にそこで働かないとわからないものがあります。

 

渡辺 現場では、トラブルがあった時にどう対応するかとか、ホテルのミーティングルームでどうセッティングするかとか、いろいろありますね。

 

久永 自分の力を発揮させるための力。それが一番大事かなと。僕らがいくらいい形で分析しても、聞く側の環境を整えないと頭に入って来ない。

JSAAでは共通科目的な内容を

渡辺 バレーボールのように協会がアナリスト育成セミナーをやったりとか、大学で教えているところも少しずつ増えてきてはいます。その中で、どこでどういうことが学べるようにするのがいいでしょうか? データスタジアムさんだからこそ、こういう部分を伝えたいといった領域のイメージはどんなものですか?

 

久永 サッカー界で言うと、クラブや大学で(分析担当を)つくるお手伝いとか。我々が講師やトレーナーをやるのは違うと思いますが、講座をやってきてノウハウもありますし、お膳立てはできるかと。

 

 地域の大学からインターンを集めてやっているクラブもいくらかあるので、そういうところで僕らがサポートできますよ、という話はしています。

 

久永 JSAAでは何か考えはあるんですか?

 

渡辺 JSAAがやる意味は、どの競技のアナリストさんにも持ってもらいたいベースの素養などを、いかに教えられるかだと思います。その上に各競技の学びの場はつくられて、オンザジョブトレーニングなどで実践していくことも必要ですが、撮影の仕方、データの取集、ファイル名の付け方、情報整理の仕方など、共通科目的なものをしっかり構築できればいい。講座をやりながら、たまっていくナレッジを文章化していくのがいいですし、いろいろなアナリストの経験値や暗黙知を集めて、形を整えて、人様に伝えていくことができればいい。

 

久永 統計家の西内啓さんと話した時に、最低賃金を決める組合のようなものをつくった方がいいと言われまして。好きなサッカーで仕事ができているからいいだろう、では発展はないですし、自分の情熱を安売りしたら価値が下がってしまう。そういう環境を整えることも大事だと思います。

 

渡辺 声を上げていかないと変えられないですし、個では弱いので後ろ盾があったり、客観的なエビデンスを持って、そういう風土を醸成した方がいいですね。

 

今日お話して印象に残ったことは、自分がやってきたことを伝えることも大事ですが、自分たちが持っているものと違うものを持っている若い人たちがたくさんいて、コピーをつくっていくのではなくて、これから求められるアナリストはどんどん変わっていくと思いました。新しいフィールドやステージも必要で、その中でデータスタジアムさんがしていることは一つ、核になると思います。いろいろなところとつながりながら、みんなでつくっていくことも大切ですね。今後も宜しくお願いします。

 

久永・藤 ありがとうございました。

 

(取材・文:早川忠宏)