日本における現存のスポーツ産業の仕組みを抜本的に変革する人や企業、サービスを紹介していく連載企画「GAME CHANGERS」。今回取り上げるのは、HudlやSPORTSCODEといったスポーツアナリストが試合の分析を行うのに欠かせないツールについて、日本における販売、普及とユーザーサポートを担っている有限会社フィットネスアポロ社。
フィットネスアポロは、2018年からはアンダーアーマーの日本総代理店としても知られる株式会社ドームともパートナーシップを結び、Hudl社製品の日本における普及活動を続けている。その一つとして、スポーツアナリスト向けに毎年1回「ユーザーカンファレンス」と題して、最新情報やビジョンの共有を行っている。
Vol2では、2018年6月30日に行われた「2018 Hudl スポーツコード カンファレンス」内の、ドイツ・ブンデスリーガ2部のザンクト・パウリでHead of Performance Analysisを務めるAndrew Meredith氏のセッション「Performance Analysis in Elite Sports Organization」をレポートする。
ヨーロッパサッカーの現場で活躍するアナリストからは、どのようにチームにデータ分析を導入し、発展させていくのか、具体的なステップが示された。
Andrew Meredith氏は、もともとはフィールドホッケーの選手だった。現役生活を終えてから、オランダでコーチとして活動し、ドイツ代表のアシスタントコーチに就任。オリンピックで優勝2回、世界選手権でも優勝1回を勝ち取った。「フィールドホッケーでは1日に何試合も試合をこなすので、当時の経験が役に立っている」とMeredith氏は振り返った。
2013年からザンクト・パウリのアナリストとして活動を開始しつつ、2015年から2017年までは、オーストラリア代表のアナリストとして、ワールドカップ予選期間中のサポート。つまり、FIFAワールドカップロシアのアジア最終予選では敵として、日本代表の分析を担当していたのだ。
最初の仕事は「分析するためのフレームワークを作る」こと
Meredith氏が就任当初のザンクト・パウリは、映像の管理はDVDで行っており、分析をするためのツールはなかった。最初の仕事は、「分析をするためのフレームワークを作る」ことだった。選手とコーチとの間でフィードバックが起こるような状況を設定し、簡単で、有効性が高くて、機能が高くて、主観に依存しない状況を作りたいと考え、2つの指標を設けた。
1つはスタッツのような、「定量的な指標」。そして、もう1つは、集中力が続いていないといった「定性的な指標」。この2つの指標を軸にして、チームを分析するのだ。
次に定めたのは、「分析に必要なプロセス」だ。Meredith氏が定めたプロセスは、以下の6点。
- ビデオで観察ができる状態
- ビデオを「自チーム」と「相手チーム」の分析に仕分ける
- それぞれに、定量的、定性的、な評価を加えて、評価、診断をしていく
- 分析で判明した傾向をトレーニングで改善
- 相手チームの傾向は相手チームの対策として身につけていく
- 試合、トレーニングを分析し、また気づきを基に分析をしていく
このプロセスを基に、どんな情報を、どうフィードバックしていくのか。アウトプットを、有効性、継続性、持続性がある規格で定め、1つのシステムで運営したい。そう考えたMeredith氏がたどり着いたシステムが、Hudlだったのだ。
段階的にチームにHudlを導入
Meredith氏は2013年に、Hudlをチームに導入するにあたって、4つのフェーズに分けて段階的にチームに導入していった。
Phase1では、ビデオの動画をテーマ別に編集し、相手チーム、自分たちのチームの分析をしやすい状況を作ることを目的にした。自身は2002年からSPORTSCODEを使っていたので、ザンクト・パウリでもSPORTSCODEを使うことを考えていた。まずはそれまでの紙のメモによる動画情報の管理をやめ、ラップトップ1台、ソフトウェア1ライセンス、1人のアナリストで情報を整理することから始めた。
Phase2で行ったのは、「ワークフローの最適化と画面のカスタマイズ」。必要な情報を提供するタイムラグを少なくするため、監督を含めたコーチ3人にSPORTSCODEを使える環境を整え、チームのプレーモデルに基づいて、必要な情報をカスタマイズした画面を作って利用しやすくした。
プレーモデルについては、コーチ、アナリストの間で共通認識ができ上がっているので、相手のフォーメーションの変化に対する対応など、相手が実行してきたことに対して、どんな対策を施したのか、またはキーとなるアクションを記録し、プレーモデルと照らし合わせて分析を行えるようにした。
Phase3で行ったのは、「情報の再整理」。
自チームのデータベースだけでなく、対戦チームのデータベースを作り、ビデオデータ、Optaによる公式データ、そして、ドイツ・ブンデスリーガによるマッチリポート(DFL Match Report)といったデータを取り込みつつ、データ量が多くなっても、素早く提供できるシステムを作り上げた。
そして、Phase4は「選手への情報提供」だ。選手の中には、映像で提供されることになじめない選手もいた。しかし、Meredith氏は選手ごとにiPadで見ながら、映像を基に分析できる仕組みを作り、ぱっと見て理解しやすい仕組みを整えた。
ザンクト・パウリでは、ミーティング前に映像を事前に選手に見てもらってから行うこともあると、Meredith氏は語る。事前に共有しておくことで、理解度を深めることが狙いだ。そして、短い動画を選手ごとに共有し、個別にアドバイスを行うこともあるという。
築き上げた分析基盤を発展させていくための試み
ザンクト・パウリにおけるHudlの導入を、Meredith氏はStep by Stepで進めていった。Meredith氏はチームに分析のフォーマットを導入し、スタッフや選手に浸透させた実績が評価され、新たに3年契約を締結した。3年契約を締結したことで、Meredith氏は新たな試みを行っている。
まず、Phase5として取り組んでいるのは、「リアルタイムでの情報分析」だ。これまで、フレームワークを作り、分析できる土壌は整えたが、戦略的にデータを活用する取り組みができていなかったからだ。特に試合中のデータ分析と、リアルタイムでの活用に力を入れたいと、Meredith氏は考えている。
例えば、試合会場では、Apple AirMac Extremeを使ってWi-Fiネットワークを構築し、iPadのiCODAでリアルタイムにコーディングを行い、そのXMLデータをSPORTSCODEに送信して撮影中の動画とリンクしている。
そして、Optaが提供する公式データもXMLで同期させ、上手くいっていること、できていないことを抽出し、分析担当、ベンチの担当者、ロッカールームで同じ情報を共有し、ハーフタイムでの修正にいかしている。
なお、試合中はライブでコーディングしながら、タイムラインを随時確認し、ヘッドコーチと連絡を取り合いながら、リアルタイムで分析を行い、分析担当、ベンチの担当者、ロッカールームでは常に同じ情報が提供できる状況を作っている。
Phase6として挙げたのは、「トレーニングでの分析」。これまでは試合の分析が主でしたが、今後はトレーニング中の映像を分析し、即時に確認できるようにしたいと、Meredith氏は語った。
Phase7として挙げたのは、「トラッキングデータ、バイオデータとの統合」。GPSデータやハートレートモニターといった、選手のパフォーマンスに関するデータと、Hudlのデータとの同期・統合はまだできていないので、これからの課題だと語った。
Phase8として紹介したのは、チーム内での「分析プラットフォームの構築」だ。
統計分析、バイオメディカル部分の分析、模範シーンの集約といった、複数のデータ分析手法を統合・整理したプラットフォームの構築を行うだけでなく、トップチーム以外のアカデミーにも、Hudlを導入して、同じ基準で分析を進めていきたいと語った。
なお、ザンクト・パウリでは、U23,19,17にはPCとライセンスを提供。他のアカデミーはMacを買えば、ライセンスを付与するようにしたそうだが、3ヶ月後に全カテゴリーでライセンスを付与することができたという。
シンプルなことから始めて、首脳陣の信頼を得て、少しずつ改善していく
Meredith氏が自分自身の実績を振り返りながら繰り返して語っていたのは、「シンプルなことから始めて、首脳陣の信頼を得て、少しずつ改善していく」ことの大切さだ。
ヨーロッパの最新事例を聞くと、真っ先に最新の技術やソフトウェアを導入しなければならないと思いがちだが、分析に対する土壌がなければ、いくら最新の技術に投資しても、使いこなすことはできない。自身の経験からこの方法が最善の道であると力説したが、この考え方は成功したITシステムの導入ステップとしてもよく用いられる手法だ。
ザンクト・パウリが裕福なクラブではないと前置きしつつ、「倹約しつつ、チームのリソースをおさえるために、ライセンスに投資している」と語った。裕福なクラブではないからこそ、テクノロジーへの投資が必要なのだ。
Meredith氏が語った、データ分析のステップは、まだデータ分析が浸透していないチームや、データ分析の重要度が高くないチームにとって、とても参考になると感じた。ぜひ参考にして欲しい。
画像:有限会社フィットネスアポロ社ご提供(スライド撮影画像を除く)
(リポート:西原雄一)