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2018.9.4

GAME CHANGERS

「GAME CHANGERS」 フィットネスアポロ編Vol.3 フィットネスアポロ川口氏と千葉洋平理事が対談-もっと日本のスポーツアナリティクスを盛り上げたい-

日本における現存のスポーツ産業の仕組みを抜本的に変革する人や企業、サービスを紹介していく連載企画「GAME CHANGERS」。有限会社フィットネスアポロ(以下、フィットネスアポロ)の連載の3本目は、同社営業部 Hudl Japan 東日本担当を務める川口雄大氏と日本スポーツアナリスト協会(以下、JSAA)理事の千葉洋平の対談です。

川口氏は、様々なスポーツチームの現場を担当しながら、HudlSPORTSCODEの普及、およびスポーツアナリティクスの普及のために活動されています。一方、長年に渡って、SPORTSCODEのユーザーでもある千葉との対談からは、現場に携わる両者による、日本のスポーツアナリティクスの現状と課題を伺うことができました。

学生時代は分析には興味がなかった

千葉 川口さんは、なぜフィットネスアポロ社に入社したのですか?

 

川口 東海大学のフィールドホッケー部に所属してた頃、監督の紹介でフィットネスアポロのことを知りました。将来はスポーツの仕事をしたいと考えていたこともあり、フィットネスアポロで働きたいと思いました。ただ、スポーツの仕事をしたいといっても、フィットネスアポロくらいしか企業の名前は知らなかったのですが(笑)。

 

千葉 学生が初めて触れるスポーツ分析ソフトは、「GAMEBREAKER」が多いですからね。

 

川口 僕もです。ただ、僕が就職活動をしていた2010年は、フィットネスアポロが新卒採用をしていなかったので、不動産関連の会社に就職し、営業職として働きはじめました。

 

ただ、働き始めてから2年ほど経過し、やはりスポーツの仕事をしたいと思い、あらためてフィットネスアポロに相談したところ、入社することができました。

有限会社フィットネスアポロ 営業部 Hudl Japan 東日本担当 川口雄大氏

データ分析が浸透しているのは、ラグビー、バスケットボール、バレーボール

千葉 川口さんは現在営業を担当されていますが、転職当時はどんな仕事をしていましたか?

 

川口 当時から営業を担当していたのですが、入社当時は分析に興味もなかったというのが、正直なところです。ゼロからスタートして、少しずつ学んでいきました。

入社直後にラグビー男子セブンズ日本代表の遠征に参加したのですが、ラグビーのルールを全く知らなかったので、日本代表のヘッドコーチにルールを教えてもらいました(笑)。

 

千葉 ラグビーはHudlやSPORTSCODEを積極的に使って、データ分析をしているアナリストが多い印象があります。HudlやSPORTSCODEを積極的に使っているのはどの競技ですか?

 

川口 契約しているチーム数が多いのはバスケットボールで、契約しているライセンス(HudlもSPORTSCODEも利用者ごとにライセンスが割り当てられる)の数が多いのはラグビーです。バスケットボールの指導者は、試合中にスタッツはチェックするけれど、リアルタイムで映像を見ない指導者が多いかもしれません。

 

千葉 映像を見ないというのは意外です。サッカーはいかがでしょうか?

 

川口 2018年以降、ようやくJリーグのチームも導入するようになりました。これまでは動画編集ソフトなどを使って、ミーティングで選手に映像を見せるためだけに動画を使っていたようですが、ようやく分析ツールを導入するチームが増えてきました。

あるJリーグのチームは、セットプレーの対策に活用しているそうです。ハーフタイムに映像を見せ、後半開始後の1本目のセットプレーに前半やっていなかったセットプレーを仕掛け、得点を挙げるチームもあるそうです。いいプレーのシーン、悪いプレーのシーンを見せるよりは、効果的だと思います。

 

千葉 他のスポーツでデータ分析が浸透していると感じるスポーツはありますか?

 

川口 バレーボールです。アナリスト育成セミナーを実施していたりと、アナリストがどのようなスキルが必要なのか、きちんと整備されていると感じています。渡辺(啓太/JSAA代表理事)さんの功績が大きいですね。

試合に勝つために分析するのは当たり前と伝える

千葉 川口さんがフィットネスアポロで仕事を始めてから、日本のスポーツ界にデータ分析は浸透したと感じていますか?

 

川口 「浸透しつつある」というのが現状です。Jリーグのチームが導入し始めたのは、他のチームが利用し始めたからであったり、外国人監督が就任して導入したというケースが多いですから。導入するメリットを説明しても「覚えたくない」と答えるチームもあります。

 

千葉 HudlやSPORTSCODEを営業するにあたって、大変だったことはありますか?

 

川口 導入に時間がかかることでしょうか。一度提案してすぐに導入してくれるチームはほとんどありません。サービスの組み合わせだけでも、提案するパターンはいくつもあります。例えば、クラウドでサービスを導入したい場合はHudlだし、ローカル環境で導入したい場合はSPORTSCODEです。

JSAA理事 千葉洋平

千葉 すぐに導入してくれるチームがほとんどないということは、予算面も含めてそのチームにとっての分析ソフトの価値を説明できないと導入は難しいですよね。分析の価値を伝えるために、提案相手にどんなことを伝えてますか?

 

川口 海外の例も紹介しつつ、「試合に勝つために分析するのは当たり前」ということを伝えるようにしています。試合中にデータが届くのも当たり前だし、データを用意しておくだけでも、勝利の確率が1%でも上がるかもしれません。だから、「とりあえず分析したい」としか考えていないチームには、なかなか導入できないし、導入しても使いこなせないケースもあります。

テクノロジーの知識はもっとスポーツに生かせる

千葉 フィットネスアポロ様に求められるニーズの質は変わってきているのでしょうか?

 

川口 求められていることはあまり変わりません。フェンシング協会のように、ずっと使っていただいている団体やチームのニーズは変わってきていますが、問題の本質は変わっていないと思います。

 

千葉 問題の本質とは?

 

川口 分析ソフトを活用せず、映像単体で見たいという人がまだまだ多いことです。一般社会では、スマートフォンがこれだけ活用されているのに、DVDに録画して、リビングにテレビで動画を見たいという指導者がいます。30代、40代の指導者は需要がありますが、まだまだ現場に関わる指導者のテクノロジーの知識が低いというのが現状です。

例えばラグビーだと、中島(正太 現:ラグビーセブンズ男子代表アナリスト)さん、といった人たちが分析について先進的な取り組みをされていて、ラグビーの分析を引っ張ってくださいました。

 

千葉 自分たちが関わっているスポーツの外にも積極的に目を向けないと、なかなかITに関する知識や技術が得られないというのが現状です。海外だとビジネスの業界からスポーツ業界に転職した人が、アナリストとして活躍していたりします。

 

川口 あと、監督がすべてを取り仕切るのではなく、スタッフで分業しているチームは、分析したデータを生かせていると感じます。

海外だとザンクト・パウリのように、徐々にチームに分析フォーマットやフローを導入し、システムをアップデートしていたり、選手が自分で分析しているチームもあります。ラグビー日本代表選手は、分析作業を行わなければいけなかったにもかかわらず、共有で使っているマシンを借りられるのが遅いので、自分でライセンスを購入して分析していました。

 

千葉 アナリストだけが頑張っても、コーチが分析業務に理解がなければ、分析したデータが生かされることはありません。監督やコーチにデータ分析について、その価値について理解してもらうのも、アナリストの役割だと思っています。

 

川口 2015年のラグビーワールドカップの時の日本代表は、ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏が、アナリストの中島さんが分析したデータを、実際の試合に生かしていました。分析したデータを生かして成果を挙げたよい事例だと思います。

 

千葉 中島さんはすごいですよね。

 

川口 千葉さんもですよ。中島さんと千葉さんの2人がトップアナリストです。

 

千葉 恐縮です(笑)。ちなみに僕は、2009年からアナリストになりましたが、僕がアナリストをやっている期間とSPORTSCODEを使っている期間はイコールです。

千葉のパソコンにはSPORTSCODEのシールが貼られている

意思決定者の理解をどれだけ得られるか

千葉 川口さんは大学などで講義もなさっているそうですね。慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に「スポーツのデータサイエンス」という授業はありますが、まだまだ少ないのが現状です。

 

川口 大学生のうちからHudlやSPORTSCODEのようなサービスに触れてもらい、スポーツの業界に興味をもってもらえたらと考え、実施しています。

大学では積極的に推進してくださる先生やコーチがいらっしゃると広まるのですが、軸となる人がいないと、なかなか浸透しないのが課題です。

 

千葉 学生はアナリストという職業に対して、どんなイメージを持っていますか?

 

川口 パソコンで何か作業している人だと思っています。

 

千葉 川口さんの理想のアナリストと、学生が考えるアナリストにギャップがありますね。

 

川口 授業でもギャップを感じます。最初は皆興味をもってくれるのですが、アナリストがどんな仕事をするのかを紹介し、ツールの操作説明をして、想像していたより大変な仕事だということが分かると、だんだん興味を抱く人は減っていきます。

 

千葉 最近、JSAAでも「スポーツアナリスト入門セミナー」を開催し、どうしたらアナリストになれるのか?という質問を受けました。まだまだどのような仕事をするのか、どこに仕事ができるチャンスがあるのか、具体的に想像できていないと感じました。

 

川口 例えば、ラグビーは分析を活用している反面、アナリストの数が増えていないと感じています。インターンで働いているアナリストは増えていますが、アナリストの「就職」につながっていないというのが現状です。就職口がないというのは、業界全体の課題です。

あと、プロチームが学生に依頼する場合、学生だからとボランティアでお願いされるケースも多いと感じます。学生はプロチームで働くことに憧れますが、アナリストとして認めるのであれば、きちんと対価を払ってほしいと思います。

アナリストは朝までやるのが仕事だという印象もありますが、残業手当もないし、待遇がよいわけではない。もっと待遇が改善されて欲しいと感じています。

 

千葉 アナリストやアナリティクスに対して、スポーツに関わっていない方々も含め、「価値があるものだ」と認識してもらうというのが大前提だと思います。

あと、意思決定者がデータに対して期待をしているか、理解があるかが大切です。フェンシングでは、データの重要性に対して理解がある人と一緒に仕事が出来ています。

 

川口 千葉さんがおっしゃるように、意思決定者の理解がどれだけ得られているかが、アナリストの仕事を左右すると思います。僕自身、多くのチームをサポートしていて感じるのですが、アナリストが楽しそうに仕事しているチームは強いです。

アナリストは「データを編集する人」ではない

千葉 僕は最終的には「選手のパフォーマンスを上げる」「自ら考え、判断できる選手を育成したい」と考えてアナリストをしています。どちらかというと、僕はコーチ寄りのアナリストだと思っています。

 

川口 アナリストの定義は競技によって違います。ビデオコーディネーターと呼ぶ競技もあります。

ただ僕はアナリストは、スカウティングとパフォーマンスを分析した結果を選手やスタッフに伝える人だと思っています。データの編集だけする人はアナリストではないと思います。

 

千葉 分析業務の楽しさは、仮説を立てた上で「どんなデータを取得するのか」「どんな分析の項目を作るのか」といった準備段階にあります。分析業務はツールを使うことだけではないということは伝えたいですね。

ちなみにSPORTSCODEのコードファイルを見ると、アナリストがどんな基準で分析しているかよく分かります。SPORTSCODEはデフォルトの分析項目は無く、まさに「真っ白なキャンパス」から自らの手で作り上げていくので、自分で明らかにしたい問題からデータを取得する項目を決め、項目を増やしたり、減らしたりするところに工夫できる点があります。そこを面倒くさがらない人は、アナリストに向いているような気がします。

もしかしたらプログラムを書くような、エンジニアのスキルに似ているかもしれません。

 

川口 この仕事を始めてから、学ばなければならないことがたくさんあります。最近は、海外とのやり取りもあるので、英語を勉強して、より深くコミュニケーションが取れるようにしたいと思っています。

 

千葉 僕も今年の夏にKEIO SDM Sports X Leaders Programを受講しています。システムデザインマネジメントは、複雑で大規模な課題をシステムとして捉えて問題の本質を見極め、実装できる課題解決策を作るといったプログラムを学んでいます。

資格制度や企業が集まる場を

千葉 日本スポーツアナリスト協会に期待することはありますか?

 

川口 資格制度を作って欲しいと思います。学生が勉強をするきっかけになるからです。HudlはSPORTSCODEの資格が海外にはあり、レベル3まであります。日本でも実施しようと考え準備中です。

あとは、Dartfish様、SPLYZA様のような競合企業も含めたスポーツ分析に関わる企業が集まる場所を作って欲しいです。場所を作って人が集まれば、「こんな企業があるのか」と、商品やサービスのことを知ってもらうきっかけになるはずです。まだまだ小さな市場なので、もっと市場を大きくして盛り上げていきたいです。

 

千葉 フィットネスアポロ様に協力していただいて、ニッチだと思いますが、もっとアナリストの技術を自慢するようなコンペティションをやってみたいですね。もっと技術を競い合うような場があっても良いと思います。

あとは、スポーツ以外でもHudlやSPORTSCODE使うような機会や、ハッカソンのようなことを開催して、利用方法の可能性を探るような取り組みも面白そうですよね。

今日はありがとうございました。

(取材・文:西原雄一)