日本でスマートフォンが普及し始めてから約10年、テクノロジーの進化は人々の生活を大きく変えてきました。スポーツ界においても、競技力の向上やマーケティングなど、テクノロジーの発展はさまざまな領域で変化をもたらしています。中でも、近年急速に存在感を増してきた、データを駆使してチームを勝利に導くスポーツアナリストに与える影響は、特に顕著ではないでしょうか。
SAJ2019では、「10年後のスポーツアナリストについて語ろう」と題し、事前にSNSに寄せられた質問をベースに、筑波大学蹴球部データアナリストのスコットアトム氏、日本スポーツアナリスト協会代表理事の渡辺啓太氏が、株式会社インフォバーンの西原雄一氏のモデレートのもと、スポーツアナリストの未来について語りました。
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10年後のスポーツアナリストの役割
西原氏は、スポーツアナリストに必要な要素としてJSAAが挙げている(1)情報収集力(2)伝達力(3)誰にも負けない何か、の3点について紹介し、10年後のスポーツアナリストについて2人に問いかけます。
渡辺氏は、「10年後にはテクノロジーの変化でスポーツアナリストの役割は少し変わることはあるかもしれないが、本質的に大きく変わることはない、勝利のためにはスポーツアナリストが不可欠な存在である」と語ります。
一方、スコット氏は、10年後にはアナリティクスに興味を持つ人が増え、一般に対して伝える役割もスポーツアナリストが担うようになると言います。スマートフォンで競技を見る人が増え、試合の解説者が増える。チームに対して伝えるか、一般に向けて伝えるか、その違いが出てくるのではと語ります。
今後のスポーツアナリストの需要
続いて、今後のスポーツアナリストの需要について話は移りました。
渡辺氏は、データ収集の自動化により、これまで人が担っていた作業が、機械に置き換わる可能性を指摘します。一方で、自動的に収集されたデータや、外部から取得・購入したデータの全てを信用するのは難しく、データを確認・検証し、活用していく力は必要であるといいます。
スコット氏も他人が集めたデータは信じないという同様の見解を示しました。昨年のMIT Sloan Sports Analytics Conferenceで、MLSのチーム関係者から、データの収集から分析、データの可視化まで独自に行っていると聞いたそうです。また、データ収集を行う会社についても、情報の信頼性をいかに高めることができるかが重要と言います。
スポーツアナリストの脅威
「今後、スポーツアナリストに対する脅威は何か」という質問に対して、渡辺氏は、スポーツアナリストの活躍によって築き上げられつつある「なくてはならない存在」から「いれば助かる存在」に時代が逆戻りすることを危惧していると回答。その状況を避けるためには、所属先などが経済的環境の変化に直面した際、スポーツアナリストが勝利のために「なくてはならない存在」となる必要があると強調します。
スコット氏は、統計や確率的なモデルは一発勝負に弱いことを認めつつ、時間をかけてスポーツアナリストの存在がチームのアドバンテージになることを証明する必要があると語ります。ただ、短期的な結果を求める環境は、スポーツアナリストにとって苦しいものであると言います。
スポーツアナリストの価値を高めるために
スポーツアナリストに対する脅威に打ち勝っていくためにどう価値を高めていくか、という問いに渡辺氏は、監督やコーチと同じ視点に立つのではなく、必ずデータ・数字を元にアドバイスをするなど、スポーツアナリストにしかできない価値を提供することの重要性を示しました。
また、これまでの海外のスポーツアナリストとのやりとりの中から、日本のスポーツ界において、データの正確性に対する期待値は下がってくるのではないかと予測します。もともと日本人の正確性に対する期待値は高すぎる面もあり、今後アウトソースして入手するデータが増えてくるにつれて、正確性よりも、いかに速く多くのデータを入手し、分析に時間をかけられるかが重要であると言います。
スコット氏はデータの「精度」と「スピード」はトレードオフであり、どうバランスを取るかを課題に挙げました。筑波大学でも、今年から試合中にデータを取り終えるようにして、正確さはある程度妥協の上、分析に時間をかけるようにしているとのことです。
今後、テクノロジーの発達によりデータ入手に時間がかからなくなれば、分析の質や、それをいかに選手や一般に伝えるかが大事であると言います。
10年後のスポーツアナリティクステクノロジー
続いて、10年後のスポーツアナリティクスのテクノロジーや取得していきたいデータに関する質問に対して渡辺氏は、何より受ける側のインテリジェンスが追いついていくかが、重要であると語ります。テクノロジードリブンではなく、現場が持つ課題にソリューションを提供できるか、現場にいかにフィットできるかが大切であり、選手や監督と向き合い、何が必要か考える必要があると述べました。
10年後のあるべき姿
最後に2人は10年後何をしているかという質問が投げかけられました。
スコット氏は、どこでスポーツアナリストとして活動しているかは分からないが、小さい子どもたちが見て、スポーツを分析したいと思うような、かっこいい存在でありたいとコメント。渡辺氏も同様の意見を持っており、後進のスポーツアナリストの育成や職域を拡大していきたいと言います。渡辺氏は、昔は1人のトレーナーが全てを行っていた時代があったが、今はトレーニングやコンディショニングなど役割が細分化されており、スポーツアナリストも専門性を極めれば、競技を超えてサポートが可能になり、また職域が広がるのではないかという未来像について示唆を与える力強いコメントで締めくくりました。