2017年、筑波大学蹴球部が天皇杯でY.S.C.C.横浜、ベガルタ仙台、アビスパ福岡といったプロサッカークラブを次々と撃破し、勝ち進む姿が話題になりました。筑波大学蹴球部の快進撃を支えたのは、学生によって組織された分析チームでした。
SAJ2017では、「『ジャイアントキリング』に必要なアナリティクスとは」と題し、統計家/株式会社データビークル取締役西内啓 氏、筑波大学蹴球部 パフォーマンス局ゲームアナライズ班 班長 鍵野洋希 氏、筑波大学蹴球部 パフォーマンス局データ班のスコット・アトム 氏。モデレーターは、データスタジアム株式会社 JDC事業部 兼 フットボール事業部 アナリストの久永啓 氏の4名で、学生スポーツにおけるアナリストの役割や、アナリティクスの今後について議論しました。
筑波大学蹴球部パフォーマンス局の体制
セッションの冒頭では、鍵野氏とスコット・アトム氏から、筑波大学蹴球部パフォーマンス局の体制について説明がありました。筑波大学蹴球部パフォーマンス局は、蹴球部の有志が活動している組織で、学生たちはそれぞれ大学で学んでいる専門領域に近い部門で活動しています。筑波大学蹴球部の小井土監督は、清水エスパルスやガンバ大阪で分析を担当しており、小井土監督がプロの基準を示した上で、基準に基づいて学生たちが活動しているのだそうです。
鍵野氏によると、ゲームアナライズ班は主に相手チームのスカウティングを担当しています。4局面に分けて、スカウティングシートをまとめているそうです。天皇杯3回戦に対戦したアビスパ福岡戦では、当初想定していたアビスパ福岡のフォーメーションはDF3人だったのですが、実際に対戦した時のアビスパ福岡のDFは4人。ただ、事前に4人の場合の分析も出来ていたので、選手たちは落ち着いて対応出来たそうです。
スコット・アトム氏によると、データ班の役割として、「スタッツ分析」「コントロール分析」「勉強会の参加」などがあるそうです。スタッツデータは、Excelでマクロを組んでレポートツールを作り、データを入力すると自動的にデータシートが出力されるそうです。
ビジネスの現場でデータ活用する際に起こりうること
筑波大学蹴球部がどのような分析をしているのかという話を受けて、西内氏はビジネスの現場で、データを活用する時に起こりうる状況について説明しました。西内氏によると、ビジネスの現場では、意思決定者が数字が嫌いだったり、現場が数字を活かせる知識がなかったり、分析担当者が現場に無知だったり、データが現場担当者が利用出来ないようなものになっていることがあるそうですが、「筑波大学蹴球部はそのような事が起こっていない奇跡的な組織だ」と西内氏は賛辞をおくりました。
筑波大学蹴球部の2人によると、小井土監督は選手の意見をよく聞いてくれる監督なのだそうです。
もちろん、筑波大学蹴球部にも課題があります。メインで戦っているのは関東大学リーグ1部なので、映像を集めるのは簡単ではありません。筑波大学蹴球部パフォーマンス局はプレーヤーとして活躍することを目的に活動しているので、試合がある日のビデオ撮影やスタッツ分析を行う人手は足りておらず、また各地で行われる試合の映像を撮影するのも簡単ではありません。
リーグで勝つための分析と、トーナメントで勝つための分析は違う
筑波大学蹴球部はいかにして「ジャイアントキリング」を起こしたのか。西内氏は試合に臨む上での考え方として、「リーグで勝つための分析と、トーナメントで勝つための分析は違う」と語りました。
西内氏によると、リーグ戦は「1つの戦い方で戦う」ことを突き詰めるチームが勝つ確率が高まるそうですが、トーナメントは「1つの戦い方」を突き詰めるのは、弱点になりかねないそうです。トーナメントでは、相手の弱点をつく戦いが出来るチームが、勝つ確率が高まると、西内氏は語りました。筑波大学蹴球部が天皇杯でJリーグのチームに勝つことが出来たのは、パフォーマンス局が、必要な分析をきちんと出来たことが要因かもしれません。
鍵野氏は「小井土監督と出会って、Jリーグでもアナリストとして分析をやってみたくなった。日本サッカーの発展に貢献したい」と抱負を述べ、スコット・アトム氏は「データを用いて戦略を立てるのが面白いと思っているし、他のチームもぜひ真似して欲しい」と、自分たちだけではなく、日本サッカー全体の発展を願う力強い発言がありました。
西内氏は、データ分析について「相手の強み、弱みを丸裸に出来る。弱者がゴリアテのような巨人を倒すには必要不可欠なものだ」と持論を述べた上で、筑波大学蹴球部のフォロワーがもっと増えて欲しいとも語りました。
データ分析はサッカーに限らず、日本のスポーツの発展に必要不可欠なもの
セッションの最後に、モデレーターの久永氏は、「データ分析はサッカーに限らず、日本のスポーツの発展に必要不可欠なもの」と語り、セッションを締めくくりました。
筑波大学蹴球部パフォーマンス局の取組は、プロチームでも出来ていないチームがあるくらい、現在の日本サッカーでは最先端の取組でもあります。
しかし、今後は筑波大学蹴球部の取組みが、スタンダートになってくるのではないか。そう感じられたセッションでした。
(レポート:西原雄一)