「スポーツ」「ソーシャルイノベーション」「スポンサーシップ」の3つについて、今まで以上により深い関係性が求められています。しかし一歩引いて考えると、スポーツは元来「気晴らし」「現実から離れて遊ぶ」ことです。他方、ソーシャルイノベーションが求められる背景には急速な経済的発展の中で、世界の環境や社会が歪んでいる「深刻な現実」、企業は2020年以降の経済が不透明な中で、まずは「自社の生き残りと好業績」を優先せざるを得ない……この3つの要素は、「異なる方向性を持っている」「矛盾する活動である」ことに気づきます。一時的な「うわべの流行」に終わらせないためにも、土台となる思考を固めることが急務となります。このセッションでは、Jリーグの社会連携活動でリーダーシップを発揮する米田惠美理事を迎え、株式会社ミクシィ スポーツ事業部 事業部長 兼FC東京 グローバル推進本部長を務める石井宏司氏のナビゲーションのもと、この3つのSが交わる未来を創るために必要なメタ思考について議論しました。
米田氏が取り組む「シャレン!」
まずは米田氏の紹介からスタート。米田氏は会計士としてキャリアをスタートとし、人材開発や組織開発の会社を立ち上げたのち、会計士として独立しました。その後は人材の仕事を行いながら保育士の資格を取得、社会保障費や社会福祉にも興味を持つようになり、在宅診療所を立ち上げるといった活動にも参加。Jリーグの理事に就任後は、Jリーグが新しく生まれ変わるような活動を展開しています。
その1つが「シャレン!」。米田氏は「Love and Crazy」という名前を付けています。その理由について「社会連携というプロジェクトを立ち上げて、我々が大切にしたいバリュー、いわゆる価値観の言語化を進めていました。Jリーグで言うと“地域密着”とか、地域や社会のために、という愛の部分がすごく大きく流れているんです。ただそれだけだと、停滞感が出たりとか、押し付けになってしまう部分や、活動を声高に言うなんてありえないというような風潮がある。すごく良いことをやっているのにもったいないなとか、もうちょっとワクワク感があったほうがいいのではないかということもあり、Crazyという言葉を通じてワクワク感と共に、少しはみ出したっていいじゃないとか、一歩踏み出してチャレンジすることもアリだよね、というのを表現しました」と説明。米田氏はJリーグに新しい風を吹かせようとしています。
スポーツビジネスのポテンシャル
元々スポーツとビジネスは別物と捉えていたという米田氏はの考えが変わったのは現Jリーグのチェアマンである村井満氏に誘われてJリーグに入ってから。米田氏は当時を振り返ってこう語りました。
「村井とは昔から組織開発をやっていることから接点がありました。組織にはいわゆる『カルチャー』と『仕組み』の部分があり、それぞれを静脈と動脈と呼んでいます。Jリーグのカルチャーを良くしたいという思想が一致しているからぜひ手伝ってほしいと言われて(Jリーグに)入りました。村井の志とか、この組織がもがいているところに何かお役立ちできることがあれば入りますよと言って入りました。
Jリーグの本質ってなんだろうというのを関わる時から考えていたのですけれど、理念にスポーツ文化の振興と心身の健全な発達など、ウェルビーイングなことが書いてあるじゃないかとか、ホームタウン活動を凄まじい量をやっているらしいとか、地域密着とか。紐解けば紐解くほどソーシャルだと思ったんですよ。だからすごく可能性があり、価値だなってこのときに感じました」
組織の静脈、動脈・お互いの立ち入りの見える化
組織の静脈、動脈とは具体的にどんなものなのか。さらに議論を深めていきます。米田氏は制度設計、会計的に言えば数字的なものは動脈的、人間関係などカルチャーは静脈と解説。組織を理解するためには心理学的な理解も必要だと語ります。
「会計士時代に粉飾(決算)を起こす会社の本質ってなんだろうと研究していました。やっぱり人間が引き起こしていて、人間の心理的なものだったり、プレッシャーがあったんです。人と人の関係性、上司と部下の関係性みたいなものが粉飾をしてしまうカルチャーの部分。カルチャーの部分をいわゆる静脈とすることを会社では共通言語にしています」
Jリーグの静脈について、米田氏はコンディションが悪かった部分もあるが、それは価値観や思考法の違いが原因だったと振り返ります。普通の組織は価値観が合う人が揃うが、スポーツは「事業、競技としてのスポーツ」「事業」「地域貢献」の異なる3つのミッションがある組織であり、それぞれ対立する意識を持ちがちな点に難しさがあるといいます。
この難しさについては石井氏も同意。
「最初にスポーツ業界に入ってきたときにそこが気持ち悪くて、同じ組織にいるのに主語が違う感じがしました。『スポンサーさんが…』という営業の方もいれば、『地域が…』という地域貢献部、『お金が…』と言う経営者の人もいる。『南米の選手が…』という選手獲得部隊もいるし、皆主語が違うのによく一緒にやっているなと。やれていないときもありますけれど、すごく不思議に思いましたね」
米田氏はJリーグでこの課題を解決するために、お互いが何を見据え、各活動がどう紐付いているか理解できるようビジネスモデルのマップを作ったそうです。この図は役員室にずっと貼ってあり、これが共通言語となってようやくお互いの立場がどう違うのかが理解できるようになってきたと感じているそうです。
「『団子三兄弟』と呼んでいるんですけど(笑)。中心にフットボールがあって、それがうまく機能しだすと地域との関係性が良くなる。事業部とか組織基盤が黒字になってくれば、ファンサービスとかも行き届くようになって良い循環が生まれます。そういう丸を3つ書いた図をつくり、議論の際は今どこの話をしてますというのを指差し確認しながら進めています」
加えて米田氏はJリーグに入り、2030年ビジョンと2022年中期計画を作成しました。JリーグがロードマップによりKPIを立てたのはこれが初めてだったそうです。
「(Jリーグに)入ったときにに役員のミッションは何ですかと聞いたけれどどこにも書いていなくて、何を達成したらグッドで、何を達成しなかったらバッドなのかというのがなかった。あまりにびっくりして作りましょうという話になりました」
前述のロードマップを作り、ビジョンの統合フレーズを作ろうとなった際にも米田氏は苦労したそうです。
「フットボールの人たちは『(Jリーグが)アジアのプレミアリーグになる』とか、やはり競技の話をするんですね。でも別に地域にすごく愛される満員のスタジアムが出来ていれば別に競技水準が1位ではなくてもいいのではないかという人たちもいて、統合できない状態が起きました。ボトムアップで世界観を作るのは難しいなと思い、トップダウンでビジョンを作りましょうと。あとはバックキャスティング型で未来の世界観がこういう状態だから、我々はこういう存在になりたいというビジョンにしないとちょっとキツイなと思って、マーケティングのやり方としてはそこは大きいフレーズにしています」
社会というフレームワーク
次に石井氏は米田氏に社会の定義について聞きました。ソーシャルビジネスを実現する上で社会をどう定義するかは難しいことですが、米田氏は各自が目の前の誰かのために活動し、その集合体が社会だと捉えていると回答。ソーシャルビジネスを行う上で、活動を行うだけでなく、活動によって生み出した価値を循環させる意識が重要だと米田氏は加えます。社会貢献ではなく、「社会連携」という言葉を必ず用いることにしているのもこの意思表示とのこと。
「誰かが嬉しいとか、楽しいとか、ありがとうって言ってくれたりすることが価値で、それはめぐりめぐればちゃんと還元がされると思っているので、財をどういう風に価値に変換していくのかだとか、財務価値をどう表現するのかというような表現にはすごく力を使っています」
米田氏にとってはJリーグもこの考え方の対象に含まれます。
「Jリーグで1番大事にしなくてはいけない成功指標が何ですかと聞くと、たぶん皆さん全然違う答えが出てきます。私は売り上げ、いわゆるGDPではないと思っています。関係性がどれだけ豊かになったかということだと思っていて、それは数であり、質。それで測りたいと思っていて、それがイチを超えてくれば凄まじい量の産業になっていると思いますので、そこはすごく大切にしています」
マクロ視点、ミクロ視点
これまでの議論を振り返り、石井氏は、公認会計士としてマクロな視点を持ちつつ、ミクロな関係を積み上げている米田氏の面白さを指摘します。
「会計士の人は監査嫌いなんですけど、私はすごく監査好き。現場で起きていることを想像してたぶんこうなるんじゃないかというのを想像したのが帳簿に出ているかどうか、帳簿を見て、現場ってこうなっているんじゃなかろうかという仮説を持って現場に行ったり来たりすることで、すごく会計士時代にトレーニングされたと思います」(米田氏)
石田氏もこれに「マクロだけだと現実が動いていかないし、ミクロだけだとミクロの狭い中だけで皆変えてしまう。まさにマクロとミクロを行ったり来たりしながら次に何ができるかを考えるということですね」と同意しました。
チャレンジ宣言
本セッションの最後は「こんな風にありたい」というチャレンジ宣言。米田氏のありたい姿はキャリアを始めたときからずっと変わっていないという。
「問いを追いかける人生なので問いを追いかけながら自分自身が実験をしていく、自分自身が実験材料になっていくとか、そのなりたい姿というかありたい世界観があるのだとしたら、それを体現するのが自分だと思っています。やっぱり誰かにやりなさいというのではなく、まずは自分がやる、自分自身がなっていくのが1番の近道かなと思っているので、そういう自分であろうと、本当にいろいろと苦労もあるんですけれど、そういう自分でありたいなと思います」
石井氏もFC東京を東京のクラブとしてグローバルなバリューを持たせると意気込みを語って締めくくりました。
「グローバルとしてのJリーグのクラブの価値を、サステナブルなビジネスとして立ち上げるということにチャレンジすることを仕事にしてしまったので、今日教えてもらったこともすごく参考になったし、まだ解けない問題もたくさんあると思っています」
講演のグラフィックレコーディング
(レポート:神澤瞳)