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2020.5.1

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【SAJ 2020レポート】「“早く走れる選手”、“高く飛べる選手”、“速く泳げる選手”の共通点とは?」~スポーツにおける“連動性”解析の技術と活用の最前線~

テクノロジーは進歩し、スポーツ界においても多種多様なセンサであらゆるデータが取れるようになり、複雑な計算にはAIが活用される時代となりました。スポーツにおいて大事な要素の一つと云われる“連動性”とその“複雑なメカニズム”がどこまで解明可能になっているのか。夏季オリンピックに4大会連続出場、トータル4個のメダルを獲得した競泳界のレジェンド・松田丈志氏と、「スポーツ×AI」分野の第一人者であるLIGHTz代表の乙部信吾氏に語っていただきました。

“連動性”とは何か。水泳の「競技特性」

自身の経験を交えながら、松田氏が競泳のメカニズムを解説

本セッションでは“連動性”をテーマに4つのトピックに触れ、競泳における連動性について松田氏が解説しました。

(1)五体の連動
(2)「フォーメーション」の連動
(3)「競技環境」への順応
―対戦相手、会場、季節など
(4)モチベーションのサイクルづくり
―自身のメンタル(内面的要素)
―監督、コーチ、チームメートと形成する信頼感など

松田氏は水泳の「競技特性」としてポイントを3つ挙げ、“連動性”との関係を語っていきます。

①競泳は平均速度を争う競技である

水泳はスタート台を蹴り出し、水中に入る瞬間に最も早い速度が生み出され、その瞬間から減速し続ける競技。その減速をいかに抑え、誰が最も高い平均速度を保つ事ができたかがレースの結果となります。前半型、後半型といった選手の得意不得意はあるものの、理想的な運動効率は一定のペースを保つことで、選手自身も最も効率的にペースを保つことができるよう感覚的に実践しているそうです。

レースを分析する際には泳ぐ距離を一定の間隔で区切り、区間ごとの速度を解析します。前の区間の速度が次の区間に影響するため、最も早い速度を生み出す瞬間である飛び込み時の速度がレース全体にも連動するメカニズムになっています。松田氏はこの分析から、選手時代にはスタートが自身のウイークポイントであり、世界トップレベルと比べると初速が低い選手であることを認識していた。と事例を加えました。

②推進力と抵抗のエネルギー制御

水泳は水が相手の競技であり、パフォーマンスには水の抵抗が大きな影響を及ぼします。そのため、競泳選手は速く泳ぐために水の抵抗に対し、無意識に体を連動させているそうです。「推進力=パワー」であり、水の抵抗に対してどれだけのパワーを生み出すことができるかでパフォーマンスが決定します。

③筋量、テクニック、尺が支配的

「筋量、テクニック、尺」の3つがパワーと推進力のバランスが生み出すパフォーマンスに大きく影響し、連動しています。筋量は「エンジンの大きさ」であり、筋量が大きいほど大きなパワーとエネルギーを生み出すことができます。テクニックには「水に力を伝えるためのテクニック」と、「水中で抵抗の少ない姿勢をとるテクニック」があります。エンジンが水中で生み出したパワーをいかに少ない抵抗で動きと連動させることができるか、が競泳で考えるテクニックです。そして、筋量とテクニックのプラスアルファの要素として尺があります。前から受ける水の抵抗に対し、後ろに長ければ長いほど乱流が起きずに抵抗が少なくなることから、手足の長さや、身長の高さも連動性に関係してくるのです。

競泳で速い選手の共通点

泳ぎが速い選手とは何が優れているのか

続いて松田氏は泳ぎの速い選手の共通点として、2点ポイントを挙げて解説しました。

①「キャッチ」のうまさ

トップ選手ほど水をとらえる「キャッチ」がうまく、速く泳げます。
「ストロークの最初の局面となるキャッチでどれだけ水をつかめるかで、その後の推進力が決まる。つかみが大きいほど、ひとかきで進む距離が伸び、速度が増す。水泳は後ろの足で進んでいくイメージを持つ人も多いが、最初にどれだけの水をつかめるかが重要。推進力は最初の局面でつかめる水の量に依存する」

速度が前の区間の影響を受けるように、「キャッチ」でどれだけの水をつかむことができるかは推進力を大きく左右し、その先に連動すします。

②「水」への「体」の当て方

水中で抵抗の少ない姿勢を保つためにはいかに進行方向に対して少ない抵抗の姿勢を作り、維持できるかが重要になってきます。地上のように体との接地面がない水中では、自分の体を固定できる軸、つまり体幹が重要になります。

松田氏が博士号を取得した鹿屋体育大学の先輩でもあり、2008年のアテネオリンピックに出場し、800m自由形で金メダルを獲得した柴田亜衣さんは、誰よりも抵抗の少ない泳ぎをしていたというデータを紹介し、水中で抵抗の少ない姿勢を保ちながら動くための軸=体幹を作ることが速さに連動することを解説しました。

これに対し、乙部氏は、筑波大学と協働で取り組んでいるバレーボールのAI研究から見えてきた体幹の重要性を水泳とバレーボールの共通点として紹介しました。アタックを打つ際、肩を支点に体をひねって水平移動させる動きには、空中で軸、つまりブレない体幹を保つことが重要であり、その体幹力がアタックの速さに連動する。水泳では「水中」、バレーボールでは「空中」での体幹力がパフォーマンスに連動すると言えそうです。

環境への順応とモチベーションのサイクルづくり

オリンピックを目指す選手たちにとって重要な4年サイクルの過ごし方を語る

松田選手の競技人生を振り返ると、2004年のアテネ大会から4大会連続でオリンピック出場を果たし、4個のメダルを獲得。その合間には世界選手権などでも好成績を残しています。4年間をどのようなサイクルで過ごしてきたのでしょうか。

松田氏は初出場となったアテネ大会について「とにかくがむしゃらだった。泳ぎもトレーニングもさまざまなことが手探りだった。泳ぎを100%作り込めていなくて、本番を迎えた時には疲弊している状態で、打ちのめされたというのが正直なところ。アテネの経験が4年プランを生み出し、次の4年をどう過ごすのかイメージできるようになり、それを3回繰り返した」と振り返っています。

続けて松田氏は4年という大きなサイクルの途中、特に後半に起こった変化に対してどう覚悟し、向き合ったのかを語ります。

金メダル獲得を目指していた200mバタフライ。2012年のロンドン大会では金メダルまで0,25秒届かず悔しさは残ったものの、パフォーマンスは最高だったそうです。全てを出しきり、プロセスに満足していた。2016年のリオデジャネイロ大会時には32歳。これ以上があるのかという迷いが生まれ、ロンドン大会後の4年サイクルは成績も低迷しました。

その状況を変えたのはデータ解析とデータから見えた自分との向き合い方でした。リオ大会への出場が危ぶまれる中、松田氏は所属していた鹿屋体育大学で徹底的にデータを収集し、自身の欠点をあぶり出し、軌道修正を行いました。

「泥臭い練習ができなくなっていた。筋量、VO2MAX(最大酸素摂取量)、パワーも落ちていた。年齢を理由にしたりして、甘えて逃げている自分に気付いた」

こうして自分自身と向き合い、局面を乗り越えた末に日本競泳界では最年長選手として、リオ大会への切符を手にしました。ここで松田氏が中学生時代から記録してきたノートを紹介しました。

ノートには練習メニューとともに心身の疲労度合いや食欲、その日の感想が5段階で記録されています。

「毎日多くの感想を書き留めるわけではないが、水との感覚や泳ぎの感覚は水泳にとって重要。これは正解かも、と感じた感覚を、体感したその時に逃さず言葉にして書き留めることを大切にしてきた。そういったことが泳ぎの精度を上げることにつながると思い、続けてきた」

日々のつらいトレーニングで忘れそうになってしまう目標も、言葉にすることで見失わずに目指し続けられるのだと語りました。

体と動きの連動性

モデレーターを務めた「スポーツ×AI」分野の第一人者である乙部氏

セッションの話題はその後、筋肉と動きの連動性へ。筋肉の付け方や動きを分解することでより良い組み合わせが見えてくるが、実際にはその組み合わせを正確に実践したからといって結果が出ないこともある。そういった矛盾をどのように克服してきたのかという乙部氏からの問いに対し、松田氏が面白さと難しさを語りました。

陸上トレーニングで実践したことと水中のパフォーマンスには連動性があり、泳ぎが変わるという面白さがある一方で、体を一箇所変えることで泳ぎ全体のバランスが変わる。それには非常に時間がかかるという難しさがあるそうです。体を変えるにはトレーニングや食事を変える必要があり、さらにそれが正しい方向へ進んでいるかを確認するためにレースで試す必要がある。1シーズンに変えられる体と泳ぎは1、2か所が限界。よって、4年サイクルの早い段階でコンセプトを掲げ、始動させ、トライ&エラーを繰り返すことが4年後のオリンピックイヤーに最高の体でスタート台に立つためにできることであり、人と差をつけられるポイントにもなります。

また、話題はライバルの影響についても及びます。松田氏が選手時代に挑み続けた、マイケル・フェルプスの存在は松田氏にどのような影響があったのか。
「水泳は泳ぐコースも明確であり、自分との向き合い。自分がミスをせず、最高のパフォーマンスを出し切ればチャンスがあると考えていた。意識するというよりは、マイケル・フェルプスはオリンピックメダル獲得数史上1位の記録をもつ選手であり、ミスをしない選手と認識していた。その中で勝ちにいくために自分がどうしたら良いのかを考え、できることは全てやってきたと思っている」

水泳はどこまでも自身と向き合う競技なのだと語りました。

52年ぶりの銅メダル獲得までのストーリー

次は松田氏がキャプテンを務め、1964年の東京大会以来のメダル獲得となったリオ大会の男子800mリレーについて。そのストーリーの裏側を松田氏が語りました。

「ひとつだけ作戦を立てた」

それは、当時最強を誇り、予選を1位で通過することが予測されたアメリカの斜め後ろを決勝で泳がない環境を作ること。つまり、予選を4位か5位で通過し、アメリカの隣のコースになることを避け、斜め前からの波の影響を受けない環境の中で決勝を戦うことでした。

予選でスピードを調整することはリスキーでしたが、アンカーの松田氏が、最終的なタイム調整を引き受け、実践。作戦は成功し、狙い通り予選を4位通過。しかし、午前の予選で松田氏はタイム調整で全力を出しきり、午後の決勝ではこれ以上の泳ぎをすることは困難と感じていました。迎えた決勝。松田氏は萩野公介選手に−1秒、小堀勇気選手、江原騎士選手に合わせて−3秒タイムを縮める指示します。そしてそれに応えた若手選手の活躍とリスクを背負いながらも作戦決行を決断したキャプテンの力で銅メダルを獲得しました。

情報共有の重要性

AIの最新領域として筋肉、骨、関節をどの様に組み合わせて使うことが各競技において効果的なのかを検証する筋シナジー研究が進んでいます。データ計測からAIで予測するモデルを造り、現代の選手のパフォーマンスを上げること、運動における共通的な動きを共有して競技向上を目指すことに貢献することが目的だと乙部氏は語ります。

ここで松田氏はJISS(国立スポーツ科学センター)やナショナルトレーニングセンターで選手強化が行われるようになったことのスポーツ界への影響について語りました。
「違う競技のコーチ、選手間で自然に情報交換が行われるのが当たり前になった。これは日本のスポーツ界が強くなってきた要因の一つでもあると思う」

情報の共有から共通性を見いだし、自身の競技に生かすことはAI研究の世界でも、実際のアスリートの世界でも必要不可欠と言えるのではないでしょうか。

松田氏からのメッセージ

来場者に向けたメッセージを語る松田氏

最後に松田氏から「SAJには以前から注目しており、参加できたことをうれしく思い、今後の発展を願っている」というコメントをいただきました。

松田氏は宮崎という地方でキャリアをスタートさせたことで情報を獲得するということに苦しみ、回り道も多かったと感じているそうです。

「来場している皆さんはスポーツを科学的に分析することに長けたスペシャリストです。経験や勘だけに頼った指導ではなく、皆さんの目線をプラスすることで、これからスポーツを楽しむ子どもたちに正しい情報に基づくトレーニングの中でスポーツを楽しめるようになることを願っている」と語り講演を締めくくりました。

講演のグラフィックレコーディング

(C)インフォバーン グラフィックレコーディング部

(レポート:櫻井優子)