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2016.4.3

コラム

JSAA OPEN SEMINAR vol.3『速報MIT SSAC!米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う』開催レポート[後編]

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2016年3月18日(金)、データスタジアム株式会社様のセミナールームにて、JSAA OPEN SEMINAR VOL.3を開催致しました。今回は「速報MIT SSAC!米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う」と題して、3月11日、12日にボストンにて行われたMIT Sloan Sports Analytics Conferenceにてスポーツアナリティクスのトレンドを体感してきたメンバーが、終了1週間後というタイミングで最新情報を報告。

パネリストは、株式会社野村総合研究所の石井宏司氏、データスタジアム株式会社の金沢慧氏、そして日本スポーツアナリスト協会理事の森崎秀昭の3名。モデレーターは日本スポーツアナリスト協会の小倉大地雄が務めました。第3回目を迎えた今回もスポーツ業界のトレンドに敏感な80名ほどの方々が集まり、会場は熱気に包まれました。

今回はセミナーの後半の模様をレポートします。 (文:西原雄一)


米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う-ビジネス編-

後半は「米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う」と題して、「ビジネス」「パフォーマンス」「メディア」という3つの分野に分けて、SSACで学んだスポーツアナリティクスのトレンドについて語られました。

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まず、株式会社野村総合研究所の石井宏司氏からは、「ビジネス」分野でのトレンドについて語られました。石井氏はビジネス分野のトレンドとして次の2点を挙げました。

 「ミレニアル」(21世紀にティーンエイジャーを迎えた世代)をどうスポーツに惹きつけるか
 モバイル時代のカスタマー・エクスペリエンスをどう考えるべきか

現在のスポーツビジネスの背景として、石井氏は、今までの米国スポーツ産業の成功要因である「スポンサーシップ」「放映権」「シーズンチケット」の値段が高騰してきていると語ります。「ミレニアル」と呼ばれる世代は、テレビを観ない世代と言われていますし、現代に様々なエンターテイメントが乱立する中、スポーツに興味を惹きつけるのは簡単ではありません。したがって、近い将来には既存のスポーツビジネスの収益構造が成立しなくなる可能性が考えられます。

「ミレニアル」と呼ばれる世代は、テレビは観ませんが、スマートフォンはよく触っています。したがって、ミレニアル世代の行動を踏まえ、スマートフォンを起点とした、カスタマー・エクスペリエンスをいかに創り出し、収益へと結びつけるか。それが現在のスポーツビジネスの大きな課題なのです。そして、その課題を解決するために注目されているのが、アナリティクスというわけです。

石井氏はビジネスを向上させるためのアナリティクスとして、注目すべきポイントを4点挙げています。

 米国スポーツ産業でもグローバルな戦いに
 オーナーシップの変化→所有からビジネスリーダーへ
 スポンサーシップからパートナーシップへ
 リーグがマーケティングツールとナレッジを提供する時代に

スポーツ産業のグローバル化の例として、アメリカのFenway Sports Groupはボストン・レッドソックスだけでなく、サッカープレミアリーグのリバプールFCも所有しています。ヨーロッパの例としては、マンチェスター・シティが運営する「City Group」は、ニューヨーク、メルボルンといった世界中のサッカークラブを運営。日本では横浜F・マリノスと提携し、グローバルにサッカークラブの運営を手がけています。

また、スポーツチームは、チーム自体がファンに支えられた、強力なブランドストーリーを持っています。21世紀の企業はブランドストーリーをいかにして創りだすか模索しています。したがって、強力なブランドストーリーを持っているスポーツチームとパートナーシップを組むことで、単にお金を出すスポンサーシップではなく、共にブランドイメージを高める存在として、パートナーシップを結ぶようになってきています。

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©2016 Koji Ishii

ブランドストーリーを作る場として、ファンとチームの重要な接点になっているのが、スタジアムです。スタジアムを訪れて、グッズや食べ物を買って試合を観戦するだけでなく、いかに訪れたファンを満足させるような体験を与えられるか。そして、訪れたファンがどんな行動をとったのか把握するために重要なのが、データを活用したマーケティングです。

データを活用したマーケティングは、チームごとではなく、リーグが一括してツールとナレッジを提供するようになってきています。つまり、リーグとしても今後のスポーツビジネスの発展にはデータを活用したマーケティングが欠かせないと判断していることでもあり、そしてマーケティングの効果を最適化させるために、アナリティクスが必要不可欠になっているというわけです。

 

米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う-パフォーマンス編-

データスタジアム株式会社の金沢慧氏からは、「パフォーマンス」分野でのトレンドについて語られました。

今回のSSACで注目されたのが、「マネーボール」の関係者が集まったパネル・ディスカッション「Moneyball Reunion」です。アスレチックスのビリー・ビーンは欠席したものの、作者のマイケル・ルイス、ビリー・ビーンの右腕として活躍したポール・デポデスタ、そしてセイバーメトリクスの生みの親ビル・ジェームズといった面々が参加したパネル・ディスカッションからは、映画にもなった「マネーボール」がスポーツアナリティクスの原点であり、「マネーボール」へのリスペクトが伝わってきました。

「マネーボール」以降議論されているテーマが、「スポーツアナリティクスは、本当にパフォーマンス向上に役立っているのか」です。このテーマについては、SSACでもパネル・ディスカッションや様々なセッションで議論されていました。特に、「Analytics in Action」というセッションでは、現役のバスケットボール選手や元NBAのヘッドコーチのジェフ・ヴァン・ガンディらが登壇し、白熱した議論が交わされました。

ジェフ・ヴァン・ガンディは、どちらかというとスポーツアナリティクスに対して否定的な考えをもっており、「アナリティクスに頼るのではなく、コーチングの技術、経験、勘も必要だ」「アナリティクスで選手の負荷を管理しても、選手がプライベートで夜遊びしたりしたら意味ないじゃないか」といった意見の持ち主でもあります。こうした、否定的な意見が出ないようなパネル・ディスカッションにするのではなく、否定的な意見も踏まえた上で、今後の可能性について議論しようとする姿勢が、SSACの至る所でみられたそうです。

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また、スポーツアナリティクスのトレンドとして、注目されていたのが、「データを用いた未来予測」です。未来予測で注目されていた分野は2つあります。

1つ目は、パフォーマンスの予測です。データ計測システムの発達に伴い、バスケットボールであれば攻撃でスクリーンプレーを用いた数や、テニスであればケース別にどんな攻撃を相手が仕掛けてくるのか、といった今まで計測できなかったデータが計測出来るようになりました。こうして集積したデータを機械学習の手法を用いて分析し、未来に起こりうるプレーを予測し、優位に立てないかといった研究が進んでいるそうです。日本でも、女子バレーボール日本代表が機械学習を導入し、セッターの配球を予測できないか、取組をすすめています。パフォーマンスの予測は、スポーツアナリティクスのトレンドであり、当たり前になりつつあることなのです。

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2つ目は、故障の予測です。故障の予測については、セミナーに来場し、SSACにも訪れていた株式会社ユーフォリアの橋口寛氏から説明がありました。故障者による経済損失は、MLBは700億円、NBAでは400億円あると言われており、故障者を未然に防ぐことは、チームのパフォーマンスだけでなく、経済面でも大きな課題です。

橋口氏によると、日々のパフォーマンスデータを測定し、データの標準偏差から外れた数値が出たらアラートを出し、故障を未然に防ぐようなシステムが実際に導入されているそうです。また、GPSを用いて選手のパフォーマンスを測定するカタパルト社(プレミアリーグ首位のレスター・シティが導入し、大きな成果を挙げています)がスポンサードしているセッションが10セッションほどあり、その多くは故障分析に関するセッションだったそうです。

パフォーマンスと故障の予測というトレンドからは、パフォーマンスのアナリティクスが単なるデータの収集した結果から分かる傾向の分析だけではなく、蓄積したデータを組み合わせて分析し、未来に起こりうることを予測に応用しようとしていることが分かります。

 

米国スポーツアナリティクスのトレンドを追う-メディア編-

最後に、スポーツアナリティクス協会の小倉大地雄から、「メディア」分野のトレンドについて語られました。

小倉がまず紹介したのは、SSACの裏にはウォルト・ディズニー社傘下のスポーツ専門チャンネルESPNという大きな存在があることです。SSACを第3回目からサポートしていているESPNは2014年に「FiveThirtyEight」というWebサイトを買収し、よりアナリティクスの幅を拡げています。ESPNの存在は今回のSSACでも随所に見受けられたようです。

さて、この「FiveThirtyEight」というWebサイトを運営しているのは、ネイト・シルバーという統計学者です。ネイト・シルバーはバラク・オバマが初めて大統領選を戦った2008年、50州のうち49州の結果を当てたことでその名が知られました。ネイト・シルバーは統計学者でありながら、スポーツ(特に野球)にも造詣が深く、セイバーメトリクスに次ぐPECOTAという選手評価指標を開発しました。FivethirtyEightは、2010年にニューヨーク・タイムズに買収され以後2013年まで同紙のブログとして運営されていましたが、2014年にESPNの支援を受けてリニューアル。2014年の時点で、20名ものジャーナリストが常勤し、運営にあたっています。

 

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FivethirtyEightの取組で注目すべきは、データをわかり易く「可視化」することで、新たな情報の伝え方を提示していることです。例えばこの図は、カレッジバスケットボールにおいて、各大学がトーナメントを勝ち抜く確率を、ラウンドごとに示しています。必ずしも第一シードのチームが、高い確率で勝ち抜くと予想しているわけではないというところが興味深い点です。

 

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また、この図のように、リアルタイムでどちらのチームが勝つかを予想するという取組も実施しています。この図で注目すべきは、試合開始前の段階で勝つ確率に差があるという点です。試合が進むにつれて、係数が変動し、勝利の確立も変動していきます。

 

 

SSACでは「1-on-1 with ネイト・シルバー」というタイトルで、ネイト・シルバーのセッションも組まれていました。同セッションはFacebookにて中継され、セッション動画の閲覧数は53,000人を超えたそうです。いかにネイト・シルバーの発言に人々が注目しているかが分かります。

FivethirtyEightのようなメディアは、テレビを観つつ、データと照らし合わせながらスポーツを楽しむための「セカンドメディア」と成りうるメディアとして、注目されています。ESPNがFivethirtyEightを支援しているのは、テレビとの親和性が高いからであることは容易に想像できます。

日本でも箱根駅伝の公式サイトでは、全選手、全チームの記録を閲覧することが出来ます。テレビに映る選手の走りを観ながら、セカンドメディアで選手の記録を確認し、どのくらい差が詰まったか、開いたかを把握しながら、より目の前のレースに没頭できるような仕組みが作られています。

このように、スポーツアナリティクスのユーザーは、これまでの一部のインテリやアナリストだけでなく、ファンや選手等も対象になりつつあります。したがって、メディアとしてはスポーツアナリティクスで得たデータを、いかにメディアのユーザーに届け、ユーザーの興味を惹きつけるか、各メディアの工夫が問われているのです。

 

スポーツアナリティクスの未来はどうなる?

SSACで得た知見、経験は、2時間弱という短い時間では語り尽くせないものでした。初めてSSACが開催されてから10年。それではこれからのスポーツアナリティクスがどう変化して行くのか?日本スポーツアナリスト協会は当初スポーツアナリストの職能研鑽と職域拡大を主な目的に立ち上げた組織でした。スポーツアナリストと言って思い浮かべるのは、当初はほとんどがパフォーマンス向上というフィールドでした。

ところが、今回のSSACに参加すると、スポーツアナリティクス、そしてスポーツアナリストの仕事の分野が、パフォーマンスだけでなく、ビジネス、そしてメディアの分野と多岐にわたることを強く感じました。そして、スポーツアナリティクスの分野は、世界的にみても急速に成長し注目を集めている分野であり、今後まだまだ成長し続けると改めて実感します。

「マネーボール」を実践したアスレチックスのGMビリー・ビーンは決して自身が統計を扱えるアナリストでもテクノロジーを扱えるエンジニアでもありませんでした。しかしアナリティクスに長けたポール・デポデスタをライバル球団から引き抜き、彼がビリー・ビーンの右腕として活躍したことでその構想が具現化したのです。これまでスポーツ界に求められるリーダーの主流は、マーケティングに長けた人材でした。しかしこれからのスポーツ界にはテクノロジーに長けた人材と彼らをうまく活かすことが出来るテクノロジーに理解あるリーダーなのです。

日本スポーツアナリスト協会としても、スポーツアナリストの活躍の場としてスポーツアナリティクスという産業を創造して行くことの重要性を改めて感じました。そのためにもスポーツアナリティクスの最新情報を入手し、日本のスポーツ界発展に貢献して行かなければならないと決意を新たにしています。

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Photo via Sloan Sports Analytics Conference