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2019.5.29

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【SAJ2019レポート】1対1の駆け引きに勝つための「知覚・認知」の話をしよう

多くのチームスポーツではトラッキング技術の進歩に伴って、チーム戦術の可視化が進んでいます。しかし、個人戦術、例えば1対1の駆け引きについては、個人の能力、才能に頼り、未だ偶発的な現象として扱われることが多いのではないか。1対1の駆け引きについて掘り下げるのがこのセッションのテーマです。

1人は実践者、ドリブルデザイナーの岡部将和氏(TRAVISTA)、もう1人は研究者の立場で野球を中心に1対1の場面を分析している柏野牧夫氏(日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所 スポーツ脳科学プロジェクト/NTTフェロー・PM)が登壇し、その議論が深められました。

講演の動画はNOTEで販売中です。

認知、知覚、感覚

「認知、知覚、感覚」の定義を語る柏野氏

最初にモデレーターの永野智久氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 特任准教授)は「認知、知覚、感覚、と似た言葉に見えるが、どんな定義になっていると考えますか」と2人に質問を投げかけました。

柏野氏は、「意識に上るか上らないか」をポイントとして挙げました。「“知覚”はそれを意識した状態、中に蓄えている記憶などを介してこういうことが起きているんだろうと理解するのが“認知”」とし、「必ずしも“知覚”や“認知”を経ていないこともある。これがスポーツのコンテキスト(文脈)では重要な問題」と話しました。一方の岡部氏は、「“感覚”は自然と何も考えずにできること。“知覚”はそれを知るためにどうやって情報を得たか。“認知”は経験なども使って、なぜそのプレーを行動に移せたのか」と定義し、「試合中は“感覚”でやっているが、再現性には“認知”が必要になってくる」と自身の経験をもとに話しました。

また、岡部氏は、「研ぎ澄ませたいもののために、五感の中でいくつかを遮断している。味覚や嗅覚は使わない。その分、生命線の視覚、聴覚に集中している」と、自分が感じていることを説明しました。それに対して、柏野氏は、「それはアテンション(注意)の話も入っている。五感の1つだと思っているものが、実はそれから入っているとは限らない」と指摘。本人が思っているところと、実際に動いているところは違う可能性があり、今のテクノロジーではそれは調べることができることを挙げました。

見の目、感の目

「感覚を言語化、可視化したい」と語るドリブルデザイナーの岡部氏

岡部氏は、以前、野球のボールを打つのに、全体をぼやっと見た方がゆっくり見えて打ちやすいという話を聞いてから、1対1で対峙する時に、そういえば、相手の足や体を見ているのではなくて、ぼやっと間接視野でディフェンダーを見ていると気づいたことを明かしました。選手に指導する際も参考にしているそうです。「見(けん)の目、感の目」と言います。

それを聞いた柏野氏は、1つの実例を見せました。スクリーンに8つ、4組の点がグルグル回っている映像を映し出し、どこに意識を置くと、どう見えるのかを聴衆にも体験するように促しました。同じ速度のはずなのに、全体を捉えた方が動きがゆっくりしているように見えます。意識を集中すると、他がおろそかになる。目を集中させると、体が硬くなることなどにも影響することなど複数の理由を挙げました。

そこから発展して議論されたのは、脱力する重要性について。柏野氏は、ピッチングでは、リリースする瞬間だけ力が入るようなことができている話をしました。2つのメリットがあり、緩めた部分がないとピークが下がってくること、そして、脱力していると打者の予測を裏切って、タイミングを外せることを指摘しました。連続写真で見るとずっと力が入っているように見えても、力の入り具合を音で表せる機材を使うと、音が出ているところと出てないところがあることが分かるそうです。つまり、「動きはYouTubeの動画などで見られるが、それでは、動きの本質的なところが伝わっていない」(永野氏)ということになります。

岡部氏は、サッカーでも筋力の勝負ではなく、力を入れる、緩めるができていることが違いを生むことを話しました。加えて、ボクサーに上半身を動かして相手のパンチをかわしているのではなく、股関節を内旋しているだけだと聞いたそうです。サッカーだけではなく、フェンシング、ホッケー、ラグビーなどの選手とも話をし、「いろいろなものを感じて、引き出しを増やすのが重要なポイント」と探求し続け、子供たちにも表現を工夫して、分かりやすく伝えるようにしているそうです。それを聞いた柏野氏は「正解は1つじゃない」と続けました。技術の進化でさまざまな測定が可能になり、どこが優れている、どこを伸ばしていけばいいと、それぞれの特徴をとらえたエビデンスを元に適切なメニューを出すことができるようになってくることを指摘しました。

セッションの締めくくりとして、2人は今後について語りました。岡部氏は「今まで感覚と言われていたものを全部言語化して、可視化したい。脱力というものが大事。感覚的なものを可視化することを目標に頑張っていきたい」。柏野氏は「何が起きているのかを測ることができるようになった。次の問題は分かったとして、別の人にどうインストールするか。『分かる』と『できる』は全く別問題。そこのシステムが問題。メソッドを開発していくことが次のテーマだと思う」と話しました。

(レポート:早川忠宏)