Pick Up Analyst

2016.12.2

日本球界のデータ活用例とは!? 変わりつつある選手指導の現場から

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。特にスポーツアナリストを目指している人たちに伝えたい内容になっています。

第7回は、國學院大學人間開発学部健康体育学科の助教を務め、アマチュアを含め、これまで500名以上の投手フォームやボールの回転を計測。100名を越えるプロ野球投手へデータフィードバックを行っている神事努氏に聞きました。

意識するのは「発見フェーズ」と「運用フェーズ」

−現在のお仕事に就きたいと思ったきっかけは?

大学の途中まで野球をやっていました。将来は高校野球の監督になりたいと思って、体育大学へ進学したのですが、教育実習などで実際に指導してみると、分からないことがたくさんありました。指導書を読んだり、いろいろ調べてみても納得のいくことが少なかったんです。小さいときから知的好奇心が旺盛だったのもあり、「分からない」を放っておけなかったんですよね。だったら、自分で研究して明らかにしていこうと。そして、指導者を指導できるようになりたいと思って、大学の教員を目指しました。

私の研究への出発点は、競技の現場へのスポーツ科学の活用です。研究をして、スポーツに関わる人へ何かしらの形で還元したいと思っています。競技力向上に関する研究であれば、研究結果をトレーニングにまで落とし込むのが理想です。分析をして事象を正確に記述することは重要です。しかし、どうやってパフォーマンスを向上できるかというところが提示できないのは非常にもったいない。分析の対義語は総合です。ただ分析するだけでなく、それが全体のパフォーマンスの向上にどう関係しているのかは常に意識しています。

–神事さんが考える「スポーツアナリスト」とは?

僕は最近、選手や指導者と話す機会がよくあり、自分の立ち位置が良く分からなくなります。ただひとつ言えることは、僕は意志を決定する立場ではないということです。自分の立ち位置を整理するために、横軸に選手、指導者の知っていることの深さを、縦軸にアナリストとして知っていることの深さを表すフレームワークを考えます。この表の一番右上というのが選手や指導者もアナリストも共通の知識を有している領域です。共通理解の常識としてとらえることができるかもしれません。

そして右下が選手、指導者が持っていてアナリストが分からない知識領域。ここは、これまでの長年の経験によって身につけた知識や暗黙知が占めるのだと思います。次に左上がアナリストが知っていて、選手、指導者が知らないゾーン。ここに属している人は、ぼんやりとしか分からない事象の中からデータを取り出し、データを構造化し、そのデータを分析して、分析結果としての知識を持っています。つまり、選手や指導者が気がついていない何かを持っている必要があります。しかも、その結果を意志決定者に助言する必要があります。いくら分析して良い予測モデルが立ったとしても、それを選手や指導者に分かってもらわなければ困りますよね。もしかしたら、この仕事は、アナリストではなくて、コーディネーターとかディレクターみたいな人が必要になるのかもしれません。

そして左下の領域を担当するのが、研究者だと思います。アナリストも知らなくて、選手や指導者も知らないことというのは、基礎研究も含めて研究者のやる仕事だと思います。僕はこのような4つ領域でフレームワークで考えています。

ただ、意志を決定するのは、選手、指導者であって、僕じゃありません。あくまで助言をする立場です。アナリストや僕の仕事もそうですが、「発見フェーズ」と「運用フェーズ」を意識しています。発見フェーズにおいて、それがもう確かだとか、選手や指導者がすごく必要なものだとなっていくと運用フェーズに移っていきます。運用フェーズになると、大量のデータが流れ込みます。こうなるとどうやって自動化させるかが鍵となるでしょう。

この「発見フェーズ」でどれだけオリジナルのものを多く出せるのかというのが、アナリストとしての能力の高さなのではないかなと僕は思っています。ただ、成熟した競技や組織になってくると「発見」の頻度が少なくなってきてしまうでしょう。運用フェーズのものばかりになってきてしまい、アナリストの存在感が少なくなってきてしまう。もしくはAIとか機械学習によって「発見フェーズ」さえも人間の仕事ではなくなってきてしまうことも視野に入れなくてはならないでしょう。

あとは、指導者の能力が高い場合、アナリストの領域を兼ねるという場面もあります。さらに、アナリストの価値が高くなれば、意志決定する立場に関わるとう将来も考えられます。競技経験が全くなくてもデータは武器になりますから、意志決定できるような立場で活躍するアナリストは今後増えてくるのではないでしょうか。

僕の場合、基本は研究者の立場なので、「発見フェーズ」のところをできるだけたくさん作っていきたいと思っています。「発見フェーズ」でブルーオーシャン(=競合相手のいない領域)の領域をどれだけ見つけられるかが、仕事のやりがいに繋がっています。ゼロから1にすると言うのでしょうか。そのために、さまざまな研究に触れたり、データの取得の方法を工夫するなど、たくさんのインプットをしています。「運用フェーズ」は、他のプロフェッショナルの方に任せて、チームとして仕事をしていくのが理想です。

−今までの活動で一番やりがい感じた瞬間は?

最近は選手もすごく変わってきていて、データがないと不安であるというプロ野球選手も増えてきています。最初は手取り足取りでフィードバック帳票を読み取っていた選手が、徐々にデータに慣れていって、一人で数値を読み取れるようになります。前回値との比較や、良い投手との比較など高度な分析もできるようになる。選手は自立していきます。こうなると、選手同士で教え合ったり、議論し合ったりします。データに興味が無かった選手まで飲み込まれていく。こうなったとき、もう僕は必要ありません。僕が必要でなくなったときが、一番やりがいを感じます。たまに自立した選手に相談されたりすると、僕の想像を超えていて、きちんと答えられない場面さえあります。これが、次の研究に繋がったりして、逆にヒントをもらっています。

−逆にすごく大変だったことは?

プログラムを書くときはいつも大変です(笑)。集中すると睡眠や食事をとるのも忘れてしまうので、リカバリーが大変です。というのは冗談で、大変というか、残念に思うときはあります。まだまだ、データに興味がない選手が多いのも確かです。感覚だけを頼りに高成績を収めている選手もいますし、これを否定するつもりもありません。でも、プロに入って思うような結果が出なかったり、年齢によってこれまで通りの動きができなくなっている選手に、データの観点から助言できることがあるのですが、本人が聞く姿勢になっていないことがあります。無理にデータを持って行っても、受け入れられないので、こちらは待ちます。結果的にこちらを向いてくれる選手もいるのですが、そうならずに引退していく選手もいます。データの中身、持っていき方、タイミングなど、僕にも責任がありますから、もっと違うやり方があったんじゃないかという後悔が残ってしまうことがありますね。

できるだけデータに興味を持つ選手や指導者を増やしたいとも思っています。僕の勤めている大学は、指導者を育成することを目的としています。ですので、データの価値を見いだした指導者を現場に送り込むということが、結果的にスポーツ界の発展に結び付いていくだろうと思って授業をしています。学生は、たくさん勉強しないといけないので大変でしょうけれど(笑)。

プログラミングの能力は身につけておくべき

−今後アナリストや神事さんのような活動を行いたいと思っている方へ、身につけておくべきことや、学んでおくべきツールなどがあれば教えてください。

発見フェーズで使える武器を増やすこと、ですかね。まずは統計学とか、バイオメカニクスとか何でもいいと思うのですが、軸足となる学問を身につけてほしいと思います。科学は、再現性の高いものを扱いますので、学問によって未来を予測することができます。僕はバイオメカニクスが専門で、これがツールとなっています。ニュートン力学にある運動の第2の法則を例に取ると、力が大きくなると速度の変化が大きくなるとか、質量が大きくなると加速させにくくなるなど、運動には法則があります。つまり、運動には理屈があるので、未来を予測することができるということです。この法則を知っておくというのは、分析をする上での強力なツールとなります。

さらに言うと、プログラミングの能力は身につけておくべきだと思います。ダートフィッシュやスポーツコードなど優秀なソフトウエアはたくさんあります。これを使いこなす能力も相当高度なものです。しかし、ゼロから1にすることに価値を置くならば、すでにあるものを使うということはレッドオーシャンで戦うことになります。それでも勝ち抜ける特殊スキルであれば良いとは思いますが、ブルーオーシャンを狙うならば、やはり自分自身でゼロから分析ツールを組み立てられるくらいのプログラミングの能力はある程度必要かなと感じています。

−もし野球ではない競技を力学の視点からみていくとしたら、どのようなスポーツをみてみたいですか?

技術要素が勝敗に大きく関わる競技はおもしろいですよね。特に力学で説明できる部分が多い相撲とか。「はっけよいのこった」で取り組みが始まったら、衝突運動ですので、運動量という物理量が大きく関わってきます。つまり、身体質量が重くて、重心の速度が大きい力士が勝敗に有利に働きます。さらに、組み合ったら、重くて重心が低くて、基底面(地面と接している部分を結んだ範囲)が広い方が有利になる。昔、舞の海という小兵の力士がいましたが、彼はとにかく動き回る。これで、相手を動かせて、足をそろわせるのが狙いだったのでしょう。足がそろうと、基底面が狭くなるのはもちろん、重心が高くなり、結果的に安定性が悪くなります。だから彼は軽くても活躍できたのだと思います。例えばテレビ画像に、運動量が数値化されてたら見ている方はおもしろいですよね。さらに、重心の位置や基底面も画面にリアルタイムに表示されていたら、攻防の様子が見て取れます。このように、エンターテインメント性を向上させたり、技術向上の面で支援できるのであれば相撲に関わってみたいですね。日本人力士が育たないと言われていますが、根性論で竹刀ぶったたいて何とかするではなくて、ちゃんとした理屈があって選手が育成されていくべきだと思います。

−目指している目標や夢は?

機械学習やAI、センサ技術などテクノロジーの進歩によって、指導者の役割は大きく変わると思っています。打ち取ることができる条件が明らかになって、さらにリアルタイムでフィードバックできてしまうようなシステムが構築されてしまえば、選手はセルフコーチングによって勝手にじょうずになっていくでしょう。そうすると、指導者は技術を教えるのではなくて、モチベーションを上げるとか、目標を設定してあげるということが仕事になってくるだろうと予測しています。僕がこの流れにどう関われるかは分からないですが、パラダイムシフトによって、スポーツがもっとおもしろくなっていけばいいなと思います。

−これからアナリティクスに関わっていきたいと考えている方たちに、一言お願いします。

自分自身にも言えることですけれど、勉強し続けてほしいと思います。僕の大学院の指導教員から言われた言葉として今でも大事にしているのが、「分からないことは知らないこと」という言葉です。分からないことがあった場合、どうしても、今ある知識の中からいろいろなものを理解しようとしてしまいます。そうするとあり得ない仮説を立ててしまったり、強引に結論づけてしまいがちになります。ですから、分からないことがあったら、「俺ってなんてアホなんだ」と思って調べまくって、インプットを増やします。すると、分からなかったことが分かる。時間はかかりますが、間違わない。でも、どこかで、調べても分からないことにぶつかります。これが研究や発見の種となる場合が多いように感じます。スポーツ界を盛り上げられるように一緒に勉強していきましょう!

(インタビュアー:澤田和輝/スポーツナビ)

アナリストプロフィール

アナリスト

神事努 氏

國學院大学人間開発学部

1979年生まれ。バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院にて博士号を取得。学位論文では、投手が投球したボールの回転速度、回転軸角度を数学的に算出。第18回日本バイオメカニクス学会奨励賞、第55回東海体育学会奨励賞、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞、秩父宮記念スポーツ医・科学賞奨励賞を受賞。2007年から国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員。北京オリンピックでは、女子ソフトボール代表チームをサポートした。2015年4月から國學院大學人間開発学部健康体育学科の助教。バイオメカニクスを担当。アマチュアを含め、これまで500名以上の投手フォームやボールの回転を計測。100名を越えるプロ野球投手へデータフィードバックを行っている。

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