第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第34回は、岡山理科大学 経営学部 経営学科の准教授を務める久永啓氏を紹介します。
久永氏は大学院修了後、サンフレッチェ広島にてコーチや分析担当を歴任。データスタジアム株式会社のアナリストを経て、現職に至りました。さらに、現在はファジアーノ岡山 フットボール本部アドバイザーも務め「ファジアーノ岡山 アナリティクスアカデミア」を開講。スポーツと地域との新たな関わり方の創出に取り組んでいます。スポーツアナリティクスに最前線の現場から、後進の育成や普及といった様々な立場で関わり続ける久永氏に、その想いを語っていただきました。
久永氏は5月20日(土)に開催するSAJ2023内で森保一氏(プロサッカー指導者)とのセッションに登壇予定です。
転機となった筑波大学・大学院時代の出会い
―アナリストになったきっかけを教えてください。
サッカーを中学から始めて、もともとはプロサッカー選手になりたいと思っていたんですが下手だったんですよ笑。高校は県内で1、2を争う強豪校だったんですが、ベンチにも入れませんでした。でもスポーツ、サッカーに関わる仕事をしたいと思い、大学院まで進学しました。スポーツ経営学を学ぶために筑波大学を選んだのですが、そこに田嶋幸三さん(現 日本サッカー協会会長)がいらっしゃったんです。知り合いの方から田嶋さんが仕事を手伝ってくれる学生を探していると聞き、研究室を訪れてお手伝いをさせていただきました。そこでサッカー界に分析担当のような仕事があることを知り、勉強し始めたのが最初です。
当時は筑波大学でS級ライセンス取得のための講座をやっていて、その補助を学生たちでやっていました。その中でJリーグの監督になるような方々の指導を見たり、パソコンを使った分析が始まった時期だったので、その手法を学んでいったのが私のスポーツアナリティクスの入り口でした。
―そこから2006年にサンフレッチェ広島のコーチに就任されます。コーチ就任とその後、分析担当になった経緯を教えてください。
大学院修了後は、街クラブでコーチをしていました。クラブの代表の元に広島から「コーチを探している」という相談があり、紹介していただきました。広島では最初、ジュニアユースチームやサッカースクールで指導をしていました。ただ当時から、これからは元代表選手や、ワールドカップに出場した選手がどんどん出てくる。プロ経験のない私がコーチとして勝負するためには分析や映像編集のスキルを伸ばしておく必要があると思っていました。なので小中学生たちにも撮影した映像を見せたりしながら自分の武器を磨き、機会があればトップチームでコーチや分析の仕事をやりたいと話していました。
そして12年に森保さんがトップチームの監督になられる際、分析担当を付けたいという相談をクラブにされました。私は森保さんがS級ライセンスを取得された際にも筑波の学生として関わっていましたし、その後もJFAの仕事などで接点があったので私に任せていただけることになりました。
岡山理科大学で目指しているもの
―その後データスタジアム株式会社、岡山理科大学というキャリアを選ばれた想いや経緯を教えてください。
経緯としては、私の経験や現在関わっているアナリスト育成事業にもつながるのですが、プロの現場は仕事量が半端ないなと思ったからです。当時は今ほどテクノロジーや分析ツールが使われているケースが少なかったので、作業効率が悪いしスピードも遅かった。私の働き方が良くなかった部分もあると思いますが、広島でやった2年間で消耗してしまい、これ以上は無理だなと思いました。データスタジアム社とは、私が学生の時にデータスタジアムの前身の会社でデータ入力のアルバイトをしていたご縁があったのでお世話になりました。
データスタジアムではアカデミックな方々の集まりに参加することが増えていきました。そこで感じた課題として、データの可視化や数値化、効率化のような発表は目にするのですが、新しい発見やスポーツ界の発展につながるようなものが少ないんです。スポーツの現場と、アカデミックな場の架け橋みたいなものが必要だなと。そんなことを考えていた時期に地元の岡山理科大学から話をいただきました。私が特に魅力を感じたのは体育学部ではなく、経営学部にスポーツマネジメントコースを作るという点です。経営視点でどのようにスポーツにアプローチするかという考え方なので、私の感じた課題に似ていました。
大学で取り組んでいることをひと言でまとめると、私は「チーム・ケルン※」のようなプロジェクトを日本に作りたいと思っています。現在はサッカーの戦術分析を研究しているわけではなく、いかにサッカーの分析に興味を持ってくれる人を増やし、その人たちがグループとして力を発揮できるようにするか、ということに興味があります。1人で分析しても限界がありますし、複数人でやることで1人では考えなかった視点に気付くことがあります。私が行っている「ファジアーノ岡山 アナリティクスアカデミア」の中にはスポーツアナリストを目指す子たちも来てくれているので、徐々に仲間が増えてきている感覚はあります。
※チーム・ケルン・・・ドイツサッカー連盟とケルン体育大学による共同プロジェクト。サッカードイツ代表の対戦国を分析し、サポートする。Pick Up Analyst Vol.33の大野嵩仁氏の活動をご参照ください。
スポーツアナリストは「見方を広げる人」
―アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
やはり結果が出たときはやりがいを感じます。私が広島に在籍していた2年間は優勝という結果がついてきたのでラッキーだったと思いますね。具体的に言うと、試合後の選手コメントで「分析どおりの相手だった」とか「分析したポイントを狙ったらうまくいった」みたいな話を聞いたときです。分析結果を受けいれてくれた人のリアクションが一番です。
―アナリストの仕事で、一番大変だったことは?
私は主に対戦相手の分析担当だったので、情報が少ないチームの分析が大変でした。Jクラブの情報は手に入るのですが、ACLの対戦クラブは情報がないですから。現地にいる日本人の方に連絡してDVDに録画して送ってもらったりしました。オープンになっていない情報をどう集めるのかは苦労しました。ただ、その中で必要な情報の優先順位を考える力は鍛えられたかもしれません。最低限必要な情報は何なのかという発想になりますから。
―担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?
プレゼン用の映像編集ツールとして、「Adobe Premiere」を使っていました。情報としては、「監督がどういうサッカーをやろうとしてるか」「自分たちのやりたいスタイルは何なのか」ですね。分析は主語をどこに置くかが大事だと思っています。チームのアナリストを務める場合、主語は自分のチームになるので、まずはそこを理解しないと情報を集めたり、分析することはできないと思っています。
―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
最近思ったのは、「見方を広げる人」ですね。皆さん、自分が見たいように物事を見ていると思うんです。その見方ももちろんありだけれど、他にもこんな見方もあるということをデータや映像を使って広げていく人かなと。
悪い意味ではないのですが、自分のサッカーの見方はとても狭くて、私が歩んできたキャリアだからそう見えるんだなっていうのが分かったんです。監督やコーチも歩んできたキャリアならではの見方を持っている。そういった背景を理解して、それ以外の見方も伝えてあげられると良いのではないかと感じました。
「チーム・ケルン」をまずは岡山県内で実現したい
―自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
最近はカーリングとフィギュアスケートに興味があります。カーリングはオリンピックを見ていてすごく戦略的だと思いましたし、技術も伴う。駆け引きがあるのでもっと詳しく知りたいなと。フィギュアスケートはゼミに選手がいまして、話をする中で演技の難しさとパフォーマンスをどう上げていくかという考え方が面白いなと思いました。芸術性や技術を点数で表すスポーツの分析がどうなっているのかを知りたいです。
―アナリストになっていなければ、何をしていた?
学校の先生でしょうか。今も先生をやっていますが、中学や高校の先生をやりながら部活の顧問をやっていたかもしれません。指導者というより、“一緒にやっていく”みたいな雰囲気が好きですね。大変な仕事であることは承知していますが、朝から晩まで授業もあって、部活もあるというような若い子たちと一緒にやることが好きです。
―今後の目標、夢は何?
先ほどお話した「チーム・ケルン」のようなプロジェクトを日本に作ることです。そのために、まず岡山県内でそれができたらなと。例えば国体のチームはU-16で編成するのですが、そのチームを県内の高校生の分析チームでサポートする。そんな活動を岡山県から広げていって、日本がワールドカップに出る時には頭数に入るというか、貢献できるような組織を作りたいです。
まずはスポーツアナリストをやってみることが大事
―アナリストに必要な資質は?
「自分自身を客観視できること」だと思います。私もそうなんですが、人間はつい自分はできるとかできないと思ってしまいがちです。自信がありすぎるのも、謙虚すぎるのもよくない。自分自身を客観視して、ありのままを伝えることが重要だと思います。
―どうしたらスポーツアナリストになれるのか?
とりあえずスポーツアナリストをやってみることだと思います。職業としてではなくても、まずは一歩踏み出したほうがいい。インターンでも、部活でも何でもいいのでアナリストを経験しておくことが大事だと思います。選手やコーチがどんなことを感じていて、自分がどう貢献するかを経験することができます。分析力などはプロとレベルは違うと思いますが、要素は同じですから。
(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)
★JSAAでは今年も年次カンファレンス「スポーツアナリティクスジャパン(SAJ2023)」を5/20(土)に開催★