Pick Up Analysts

2024.2.29

ゲームで起きている事象とデータをどう頭の中でつなげていけるか

バスケットボール男子日本代表のテクニカルスタッフを務める冨山晋司氏(左、写真提供:JBA)

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第35回は、日本バスケットボール協会(JBA)でテクニカルスタッフを務める冨山晋司氏を紹介します。

冨山氏は様々なチームでヘッドコーチ(HC)やゼネラルマネージャー(GM)職を経験後、2021年に男子日本代表チームのテクニカルスタッフに就任。23年に沖縄で行われた「FIBAバスケットボール ワールドカップ(W杯)」では主に対戦チームのスカウティングを担当し、パリオリンピックの出場権獲得に貢献しました。JBA技術委員会テクニカルハウス部会の部会長も務めており、22年6月には「JBAテクニカルレポート2021」を公開し、東京オリンピックにおける男女5人制、3人制日本代表チームの成果などを紹介しています。

転機となったアメリカでの経験

自身のキャリアを語る冨山氏

―最初に冨山さんがバスケットボールを始めたきっかけを教えてください。

小学校の頃は野球をやっていました。バスケットボールを始めたきっかけは小学6年生の時に NBAの試合をたまたま見たことです。私は良くも悪くもNBAオタクなところがあり、自由にNBA選手の真似をして、バスケをやるような感じでした。中学校はそれほど強い部活ではなかったので、高校では思い切りバスケに打ち込みたかったのですが、自分のイメージしていたバスケではなかったこと、また怪我も多かったこともあり、思い切って高校1年生でバスケ部をやめました。

 

―そこからどんなキャリアを歩んで現職に至ったのでしょうか。経歴とテクニカルスタッフに就任した経緯を教えてください。

職業になるとは思っていなかったのですが、バスケットが大好きだったので何かしらで関わっていきたいとずっと思っていました。就職して草バスケを続けるか、教員みたいな方向で指導する形で関わるパターンのどちらかだろうなと。どちらになるか分からなかったけれど、念のため教員免許は取っておきたい気持ちがあったので大学一年生から教職の授業は単位を取っていたんです。その中で私の中学の担任だった先生にお願いし、中学生に指導をする機会をもらいました。少し教えたら面白くなり、その先生がいなくなった後にコーチを引き継がせてもらいました。ボランティアですけれどバスケットの指導をやりたいと思ったので就職はせず、20代の大半はアルバイトや夜勤の仕事をしながら指導する日々を過ごしていました。

 

高校生の頃からはNBAだけでなく、アメリカの大学バスケも見るようになっていました。自分が指導する立場になると、大学生はどんな指導を受けているのか気になったので、知り合いとかコネを作ってアメリカに試合だけでなく、大学生の練習を見に行くようになっていました。27、28歳の頃、コーチ研修のような形で大学の練習に連れていってもらっていた方がいまして、その方がアメリカのマイナーリーグのチーム(ニッポン・トルネード)でオーナーになっていたんです。話を聞くと面白そうだったので参加させてもらえないかと。そこから約2ヶ月間アメリカに住み、肩書はアシスタントコーチ(AC)って言われていましたけど、ほぼ運転手として全米を転々としながら18試合に帯同しました。当時出会った選手が今でもB1でプレーしていますし、初めてプロ選手とのつながりができたので大きな転機になったと思います。

 

アメリカから帰ってきて、中学生の指導に戻っていたのですが、たまたま夜勤中に「東京アパッチ」というbjリーグのチームがACを募集しているのを見つけたんです。応募したら使ってもらえることになりました。おそらくニッポン・トルネードに行ったキャリアがなければ難しかったと思います。そこから様々な縁やタイミングがあり、岩手ビッグブルズ、千葉ジェッツ、熊本ヴォルターズ、アルバルク東京、エヴェッサ大阪でACやHCをやらせてもらいました。

 

大阪には3年いたのですが、1年目が終わった段階でGMとHCが変わってしまいました。新しく来たGMが私を昔から可愛がってくれている方だったので、2年間は新しくアシスタントGMという役職をやらせてもらいました。選手のリクルートやチーム編成というコーチとは少し違う、外からバスケットを勉強しながら見ることができたので、すごくいい経験になっています。海外に選手をたくさん見に行きましたし、外国人選手を獲得するために、世界中のリーグやマーケットにより詳しくなりました。

JBAテクニカルスタッフの仕事とは?

コーチたちと並ぶ冨山氏(中央)。JBAテクニカルスタッフの仕事とは?(写真提供:JBA)

その後、JBA技術委員長の東野(智弥)さんに声をかけていただいて今に至ります。JBAは代表チームの大会が終わるごとにレポートを書いて、振り返りの記録を残しています。その代表的なものが東京オリンピック後に作った「テクニカルレポート」です。そのテクニカルレポートを作ることが、私がここに来たメインの理由です。

もう1つは代表チームをテクニカルスタッフとしてサポートすることです。主にやることはスカウティングとコーチがコーチングをする上で必要なデータや映像などをまとめる作業です。大会が近づいてくると、私はスカウティング業務のボリュームがすごく多くなるので、そこはサポートしてもらいながら回しています。

 

―選手やコーチたちとはどんな話をされますか。

トム(・ホーバス)さん自身はすごく個々でコミュニケーションを取るコーチなので、常にいろんな人と話しています。ACたちもいろんなことを気遣いながら、HCの補完をするようなコミュニケーションを取っていますね。選手は戦術的なことや気になっていることは直接トムさんに聞くこともあれば、ACに聞くこともある。ただスカウティング、相手チームのことになると、間違いなく私が1番試合を見て相手チームのことは知っています。何かあると、基本コーチも選手も私に聞いてくれるので、そのパートではすごくコミュニケーション取りますね。対戦相手の対策や準備に関してはACがやります。ただ、どのプレーに対して対策するのか。例えば20個プレーがあったうち、時間的に7~8個しかカバーができないなかでどれをやるかみたいな話になった時には、私の意見を自然と聞いてくれます。

 

―テクニカルスタッフは初の職種ですが、なぜ自分が選ばれたと思いますか?

おそらく東野さんの中にはテクニカルレポートの方が頭にあったのではないかと思っています。私自身、これまでのキャリアの中で私がいなくなった後もクラブに何を残せるかをずっと考えてやってきました。例えば、大阪でアシスタントGMを経験した際、まだまだリーグ全体でもGM経験者や知識がある人が少ないなと思ったんです。課題として、エージェントが外国人選手を売り込んでくる際、サラリーを払いすぎてしまうケースが散見されました。それでヨーロッパ、アジア、南米、アフリカに至るまで、メジャーなリーグのリーグ構成やトッププレイヤーのサラリー、アベレージプレイヤーのサラリーをリスト化したレポートを作ったんです。それを東野さんともずっと共有していたので、「この人はレポートとか、まとめる力があるんじゃないか」と思われた可能性はあると思います。

細部までこだわってつかんだオリンピック出場

五輪出場に「得失点差」が影響するため、W杯のスカウティングは細部までこだわった(写真提供:JBA)

―テクニカルスタッフとしてやりがいを感じる瞬間は?

テクニカルレポートに関しては、後になってじわじわ評価されるものだと思います。今できる最善を尽くしたつもりではありますが、評価してくれる人もいれば、あまり良くないと思う人もいると思います。印象に残っているのは、現場にいるときの方が多いですね。テクニカルスタッフやコーチ、どんな形であれやりがいを感じるのはチームに貢献した時です。役割としてはスカウティングの仕事になるので、W杯ですごくいい形でオリンピック出場を決めることもできたので、やりがいというかやりきった気持ちになりました。

 

―W杯で最もスカウティングが効果的だったと思う試合は?

オリンピック出場を決めたカーボベルデ戦です。カーボベルデはシュートが上手な選手と苦手な選手がはっきりしていたので、どれぐらいヘルプに行くのかを誰にマッチアップしているかで変えていました。それはけっこう効いたと思いますし、細かく距離感を変えながらプレーしてくれたので、選手たちが情報を体現してくれましたね。

 

―テクニカルスタッフの仕事で、一番大変だったことは?

体力的・物理的な意味では大会中の分析です。1チームにつき何時間分析をすれば終わるという決まりがあるわけではないので時間がかかります。今回のW杯で特殊だったのはオリンピック出場のためには「得失点差」が大きく影響する可能性があることでした。

例えば、W杯初戦でドイツに負けたのですが、その試合が18点差で終わるのと16点差で終わるのではオリンピック出場という意味ではかなり違います。点差が開くと、相手は登録メンバーのうち“12番目の選手”とかが試合に出てくる可能性がある。普通であればメインで試合に出てこないのであまりスカウティングはしないのですが、今回に関してはその12番目の、出てくるか出てこないかも分からない選手にも本当に時間をかけて分析しました。その1ポゼッションでオリンピックに出場できなくなってしまったら絶対に嫌なので、そこにはこだわってやっていましたね。

―担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?

スポーツコードはないと厳しい、マストなものになっています。あとはトップリーグ以上になると分析会社が提供してくれるデータがあるので、そこのデータがかなり役立ちます。先ほど言った“12番目の選手”を分析するために、普通であれば試合映像を探すところから始めなければなりません。分析会社は国内リーグや数年前の映像を持っていますし、その選手がシュートを打った時、ドライブした時など特定のプレーだけの映像を簡単にピックアップできます。

私がJBAに来た時もそうだったのですが、テクニカルスタッフの仕事は大半が「データを作り出す」ことだったんです。でもデータを作り出す作業は分析会社やAIがやってくれる。そこから何を読み取って、どう活用していくかという能力を高めていく方向に少しずつ変えていっているところです。

我々が一人でタグ付けして作れる映像の量には限界があります。なので、タグ付けで勝負していると、バスケ界ではおそらくアナリストはいらない仕事になってしまう可能性がある。なので、ゲームで実際に起きている事象とデータをどう頭の中でつなげていけるかがすごく大事になると思っています。

コーチとアナリストはつながっている

冨山氏(左)の感覚ではコーチとアナリストの境目はないという(写真提供:JBA)

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
私自身はコーチをやってきたので、とても難しい質問です。私のところにも若い学生や将来Bリーグで働きたい、コーチやアナリストをやりたいという方が来ます。中にはコーチは目指しておらず、アナリストをやりたいという方がいるのですが、個人的にはそういう方の感覚が分からないんです。境目がないというか、コーチとアナリストはつながっているんですよ。男子代表では私がコートに入っていろいろなことをやるケースがありますから。なので境目はどのチーム、どのコーチと一緒にやるかによって、かなりグラデーションがあるのかなと。何をもってコーチングと呼ぶかは難しいですけれど、相手の情報をテクニカルスタッフが伝えていたら、それはコーチングと言えるかもしれない。「アナリスト」の定義は明確にはないのかもしれません。

 

―自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?

私はどちらかというと、コート上の5人がどう戦術的に動いていくか、5人のチームオフェンス、チームディフェンスの方がコーチングとして長けていて得意なタイプです。なので、やるのであればサッカーやハンドボールみたいな競技の方が好きかもしれないです。アジア競技会でハンドボールのチームを見た際、見たことのない動きをしたりするので「これはバスケにも使えるんじゃないか」と思う時があります。

 

―アナリストになっていなければ、何をしていた?

これからもコーチはやりたいと思っています。今のようなキャリアになっていなかったら、普通に働いて教員になって土日に草バスケをしていたかもしれないです。結局、それもバスケットに関わる仕事になってしまうというか、バスケットボールと出会っていなかったら何をやっていたかは想像がつかないです。

 

―今後の目標、夢は?

私のキャリアには再現性が全くなくて、プロでコーチをしたいとか、日本代表になりたいと思っていたわけではありません。バスケットボールをもっと知りたい気持ちがすごく強くて、少しでも知れる場所に近づこうとして20代を過ごしました。それをやっていること自体がすごく楽しかったんですよね。なのでもっと楽しく、よりエキサイティングな人生というか、キャリアになっていったらいいなぐらいの気持ちです。ただ、HCをどこかでもう一回やりたい気持ちはあります。

“ボリューム”がないと“質”にはたどり着けない

冨山氏は試合をたくさん見る重要性を語った(写真提供:JBA)

―アナリストに必要な資質は?スカウティングや分析を担当する際にどんな資質があるといいと思いますか?

作り上げるものの“質”は絶対に大事だと思います。その“質”を作り上げるには、試合を見た“ボリューム”がないと絶対にたどり着けないと思っています。今、自分の仕事を支えているのは中学生の頃からとにかくNBAの試合を数多く、ほぼ毎日見てきたことです。ハイライト動画があり、手軽にデータを取り出せてしまう時代だからこそ、試合をたくさん見る習慣がすごくつきにくいと思っています。老害みたいになっちゃうのであんまり言い過ぎたくないんですけど笑。

今は1つの試合を2回見ることはほとんどないと思うんです。新しいものがどんどん出てきてしまう。1つのゲームを何回も見て、十年後に引っ張り出して見るみたいな経験って結構役に立ちますよ。とにかく試合をたくさん見ること。データも大事なんですけど、データでは見えないものが試合中にはたくさん潜んでいるので、そちらが見えるようになることがデータを理解しているより、実はエキサイティングなことだと思ったりします。

 

―どうしたらスポーツアナリストになれるのか?
やっぱり「行動に移すこと」だと思います。私もよく聞かれますし、今日(インタビュー当日)もインターンの子が一人来ていて、一緒に作業をしています。いわゆるバスケで有名な大学から来ていて、そういう機会がある人は生かせばいいと思います。世の中にはそうではない人もいますし、私自身も大学を出るところまではバスケ界のメインストリームでは全くないところからキャリアをスタートしています。

そういう人だったら、明日にでも全Bリーグのクラブに手紙を出してみるとか。なんでもいいんですけど、行動することが一番大事なので。方法を見つけるよりもまずは行動する。相手にされないことも多いと思いますけれど、きっかけを作って、人と出会うこと。自分がやってきたこともそうなので、再現性はないですけれど、そこからその人ならではのキャリアが作られていくと思います。

(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)

アナリストプロフィール

アナリスト

冨山 晋司 氏

公益財団法人日本バスケットボール協会 テクニカルスタッフ

1981年5月12日、東京生まれ。bjリーグ時代の岩手ビッグブルズや千葉ジェッツでHCを担い、大阪エヴェッサ在籍時にはアシスタントGM兼アナライジングディレクターを務める。21年に男子日本代表チームのテクニカルスタッフに就任し、23年の「FIBAバスケットボール ワールドカップ」では主に対戦チームのスカウティングを担当し、パリオリンピックの出場権獲得に貢献。22年6月には「JBAテクニカルレポート2021」を作成している。

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