第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。特にスポーツアナリストを目指している人たちに伝えたい内容になっています。
第一回はロンドン五輪でフェンシング日本代表のメダル獲得を支えた千葉洋平に聞きました。日本スポーツ振興センターに所属する千葉は、日本スポーツアナリスト協会理事でもあります。
初めの頃は選手や指導者の言う用語がわからなかった
−アナリストになったきっかけは?
もともとは、アスレチックトレーナーになろうと大学院で勉強していて、国立スポーツ科学センター(JISS)のようなところで働きたいと考えていました。
2008年に日本スポーツ振興センター(JSC~JISSはこの一部署)がマルチサポート事業(メダル有望な種目に集中的に専門的な支援を行う事業)を始めるに当たり、人材を募集していたので応募したところ、運よく「科学」のスタッフとして採用されました。2009年よりフェンシングの担当となり、映像を撮ってデータベース化し、タブレット端末で見られるような仕組みをつくることになりました。
最初は選手たちのためになれているのか不安がありましたが、バレーボールの渡辺啓太さんらの支えもあり、「集積して意味を見出すことがアナリスト」との考えを持てるようになりました。
ーアナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
選手と勝利を分かち合える時ですね。試合が終わって改めて見た時に、総合的に選手が力を出せていることがわかった時と言えるでしょうか。
サポート当初の印象深い体験としてよく覚えているのは、2010年アジア選手権で、団体戦の準決勝で韓国に勝った時のことです。のちにロンドン五輪で銅メダルを獲るチェ・ビョンチョルという強敵に日本選手は苦手意識を持っていました。
しかし、分析したところ、カウンターのある方法での失点が多い傾向がわかったので、これをやってみようということになりました。アタックされた時に下がって止めるのではなく、このカウンターでポイント重ねることができ、チームとして勝つことができました。選手から「対策通りだった」と言ってもらえた時は、とても嬉しかったですね。
−これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?
今でもそうですが、選手が試合や練習をしている間は映像を撮っているので、分析をするのはそれ以外の時間になるから、寝られないことも多いです。
フェンシングでは、1試合あたり1人の選手が平均約60回の突きを行いますし、1つの突きに対して細かいデータも加えますから1試合でも500くらいのデータを入力します。1大会での試合数も多いです。
それから、自分にはフェンシングの競技経験がなかったので、初めの頃は、それぞれの選手や指導者の言う用語がわかりませんでした。同じ用語でも人によって、それが指し示す感覚が違います。意見の齟齬(そご)を埋めるには、その真意を探り、客観的なデータを提示することが求められますから、質問攻めにもしましたし、用語がわかるようになるまでに時間がかかりましたね。
−担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?
スポーツコードというソフトウェアです。アナリストを始めた当初から使っていますが、ラグビーやバスケットボールを中心に様々な競技で活用されているソフトです。
何も無い真っ白な状態から自分で構築していくので、販売代理店の方や他競技のアナリストに教わりながらやっていきました。あれこれといじっているのは楽しかったですね。フェンシングは個人対戦競技なので、チームスポーツよりは簡単だったかもしれません。基本的には、どの選手が、いつ、どこで、何をして、どうなったか、を入力して蓄積することです。
なぜ、この項目をつくるのかは日本代表のチームとして試行錯誤を積み重ねているので、他の人が見て簡単にわかるものでもないですし、専門的になるほど見たい項目も増えます。今でも進化を続けています。
−自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
パフォーマンスにおける課題を解決するために必要な人材であり、選手や指導者に意思決定のための「知」を提供する役割と言えるでしょうか。実践するのは選手でありコーチですから、こういった「知」を使う、使わないは選手やコーチ次第です。
また、「知」は答えでも万能薬でも無いので、あれば絶対パフォーマンスが向上するわけでも、相手に必ず勝てるわけでもありません。課題解決のため、選手やコーチは覚悟を持って苦しい練習を自らに課し、フィジカルトレーニングやメンタルトレーニング、食事の管理やリカバリーに徹しています。そういう彼らに納得して意思決定してもらえるような「知」を提供できるように、日々、試行錯誤を繰り返しています。
もっと仲間が増えて欲しい
−自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
子供の時からサッカーをずっとやっていましたし、今でも好きなので、その分析をやりたいですね。一度、ある雑誌の企画でサッカーの試合の分析をしてほしいという依頼があったのですが、データをポンと渡されても簡単に全てを理解することはできませんでした。
一つのプレーでもミスや成功の定義が難しい。パスを出す方が原因なのか、受ける方が原因になっているのかで意味は変わってきます。チームスポーツなので、つくるデータもフェンシングとは全然違うでしょうし、それを一からつくっていくのは面白そうです。
−アナリストになってなければ、何をしていた?
当初目指していたアスレチックトレーナーをしていたかもしれません。身長の小さいGKだったので、より瞬発力を高めるためにトレーニングを考えたり、けがをした時にテーピングを巻いたり、リハビリメニューを考え、実践したりしていました。その面白さを仕事にしたくて、アスレチックトレーナーを目指して体育大学へ入学し、サッカー部の学生トレーナーとして活動していました。大学院進学後の研究テーマも傷害予防に関するものでした。まさか、スポーツアナリストとして活動しているとは夢にも思いませんでしたが、大学で学んだこと、部活や学生トレーナーや研究で得た経験などが、今の仕事に活かされていると感じています。
−今後の目標、夢は何?
近いところでは、リオ五輪の金メダル獲得に貢献すること。選手が納得できる、全部をやり切ったと思ってもらえる準備を一緒にすることですね。先の目標では、若い時からデータや映像を使いながら、選手に考えてもらう教育や指導に興味があります。
私がサポートしている選手の中には、出てきたデータにどんな意味があるのかを考える能力に長けている選手がいます。データが答えを出すわけではないこともわかっているし、出てきたデータや映像といった客観的な事実を見つめ、自分では気づかなかったクセを見つけたり、新しい課題を発見することができます。更に、その課題やクセを克服できるのか、どんな練習をすれば良いのか、いつまでに達成できるのかを考えて実践できます。
どういうことだ?なぜ?と考え、スポーツを通して課題解決を実践しているアスリートは、引退したとしても社会の様々な課題解決に取り組める人材となり、多くの人の役に立つ影響を与えられると考えています。私も彼らから本当に多くのことを学ばせてもらいました。そういった選手を増やしていきたいです。
−どんな人がアナリストに向いている?アナリストに必要な資質は?
パフォーマンスを扱うアナリストに限定した話になりますが、競技をよく理解していることと、探求心、観察力が求められると思います。選手や指導者が何のために、何をしたがっているのかをまずわからないと、どういった情報を提供すれば助けになるのかがわかりません。
その上で、そういう人たちに納得してもらうには、客観的な情報を、なぜこうなるのか、どういう意味があるのかを深く掘り下げて考えて、伝えなければなりません。所謂、コミュニケーション力も求められることになりますね。
−どうしたらスポーツアナリストになれるのか?
自分自身や自分のクラブ、部活で映像を撮ったり、データを取ってみることから始めてはどうでしょうか。スマートフォン1台でもいろいろなことができます。どんな選手やチームも課題を持っています。パスの本数を数えたりすることは簡単に始められますし、そこからだんだんと仮説を立てて、課題の解決に向き合えば面白くなってくるでしょう。
分析のスキルや情報は、日本スポーツアナリスト協会でもセミナーやカンファレンスを開催していますので、そこで学べます。スポーツ界におけるアナリストの環境はまだまだ整っているとは言い難いですが、近い将来、間違いなくもっと求められる役割なので、仲間が増えて欲しいと思っています。
(インタビュアー:早川忠宏)
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