第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第9回はモチベーションビデオ研究、実践の日本の第一人者である永尾雄一氏に話を聞きました。永尾氏は日本スポーツ振興センターに所属し、ハイパフォーマンスセンターの事業を推進する傍ら、大学で研究していた「スポーツ心理学」の知見を生かして活動しています。主にテニスのサポートをしており、男子の国別対抗戦、デビスカップで試合前に選手たちに見せる映像などを作成しています。
※モチベーションビデオ(MV)とは……
選手やチーム自体の過去のプレー映像から成功場面のみを抽出し、音楽や文字を付加して編集作成されるビデオ。直近の試合や競技において良いパフォーマンスを発揮するために必要とされる心理的側面をポジティブな状態に変容させることを目的として用いられるものである(2014年発表、永尾氏の論文より抜粋)
最後のところに寄り添って、その人の力になれる仕事
−アナリストになったきっかけを教えてください。
元々はスポーツ心理に興味があり、メンタルトレーナーを目指していました。メンタルトレーナーを目指す活動のひとつとして映像を作り始めたのがきっかけで、そこから大学のゼミに入って本格的な研究を進めていきました。そのまま卒論、修士、博士と同じテーマで研究を進めていきましたね。
博士課程までを終えてから、国立スポーツ科学センターに映像技術者として入りました。アナリストというよりは映像分析のサポートを主な業務としていて、MVとは関係のない仕事をしています。テニス協会の池田亮さんがたまたま同じ部署で、MVの制作をされたことから活動が始まり、そのまま日本チームに対してビデオを作らせていただいています。
−やりがいを感じる瞬間は?
(試合前の)最後のところに寄り添って、その人の力になれるところでしょうか。MVを作るときに例えるのですが、ご飯を作って食べてもらったときに、おいしいと言ってもらえたらうれしいという感覚に近いと思います。その人のために何かをして、よかったよと言ってもらえたらうれしいですよね。
メンタルトレーニング指導士としての立場からすると、周りから見て分かりやすいほど心が動いていると、試合の際にはパフォーマンスを下げる結果につながると思っています。MVはじわっとその人の力になるようなものだと思うので、最後に塩・こしょうをかけるぐらいの、調味料になるものだと思っています。
選手の表情を見て、グッと噛み締めているかなとか、その後の行動を見てその試合への思いをまとめているような仕草が見られると、良い影響があったのかなと感じられるぐらいです。
−MVの作成で一番大変なことは?
いくつかありますけれど、いつも大変なのは「テーマを定める」ということです。どういう課題があって、どうなりたいのか。いろいろな情報がある中で、テーマをひとつ決めるのであれば何にするのか。そこは私の意図ではなく、監督やチームがどうなりたいと思っているか。その思いの部分を引き出してテーマを決めます。テーマに合わせてストーリーを考えていくという作業が一番時間の掛かるところです。
−担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?
素材管理を含めてツールは「Final Cut Pro」を使っています。素材は選手のプレー映像などは協会から提供してもらうのですが、素材として「使えるな」と思うものをオーダーがないときからストックしておくことが大事です。日々、映像と音楽素材はストックしているので、それらも欠かせないツールになります。
本当に使える情報を見立てる能力が必要
−自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
私の経験を踏まえると、アナリストと心理のサポートをする人には通じるものがある気がします。監督や選手だけでなくチーム全体を俯瞰で見て、状況を見立てて「今一番必要な情報は何なのか」を客観的に判断して、提供できるというのが必要な能力だと思います。
分析できることはたくさんありますけれど、それをただ単に垂れ流すだけでは「ソフトウェアを使える人」です。その中からどれぐらいのものを、どのタイミングで出すべきか。それは場の状況を考えて、過去と未来を考えて出していかなければ本当に使える情報ではないと思うので、そういうものを見立てる能力がアナリストには必要なのだと思います。
−自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
まったく関わったことのない競技をやってみたいです。特に、今までは団体競技が多く、テニスも個人競技とはいえお手伝いしたデビスカップは団体戦でした。テニスで個人のものを作ることもあるのですが、その多くは「ベストプレー集」です。そうではなく、選手個人のものなんだけれども、プレー集ではない映像が求められるのであれば、個人競技のものをやってみても面白いかなと思います。
−今の仕事に就いていなければ、何をしていた?
映像の仕事は嫌いではないので、そちらの方面に進んでいたと思います。昔は映像会社でアルバイトをして、ブライダルや幼稚園のお遊戯会の映像を作ったことがあります。すごく喜んでもらえたので、良い経験でした。自営業をする能力はないですけれど(笑)、そういう映像を作る制作会社をやりたがったかもしれないなと思います。
−今後の目標、夢は何?
これはMVか分からないですけれど、試合のためではない、違う使い方のビデオにもう少しチャレンジしたいと思います。一度話に挙がって実現はしなかったのですが、会場に来ているお客さんに流すビデオの話がありました。「今から日本代表を応援してください」という雰囲気を作るために、お客さんをモチベートするものです。実現しませんでしたが、それも場を作るひとつのやり方なのかなと思います。
MVの作成はかなりの時間と労力がかかる作業なので、オーダーが多いと受けきれません。制作できる人を増やせたらいいなとも思っていますね。
酸いも甘いも経験しておくことが大切
−MVの作成に必要な能力は? どんな人が向いていると思いますか?
私の経験則なのですが、MVは選手をつぶす道具でもあると思うんです。刺激が強く、与える印象も強いですから、伝え方やタイミング、内容も含めて間違えると選手のパフォーマンスを崩してしまう。選手のやる気を逆に下げる道具にもなります。
そこをうまく見立てるというか、感性・センスの部分を磨いていく必要があると思いますし、少しでもそういうことができる人を増やしたいと思います。
−どうしたらスポーツアナリストになれるのか?
自分の経験だけでいうと、いろいろと経験することが必要だと思います。アナリストになるために、パソコンのスキルを身に付けようという考え方も大切ですが、まったく関係ない仕事やアルバイト、大学の活動でもいいと思います。スポーツに限らずに文化的な活動でもいろいろと経験しておくことで、道が開けるし出会いも増えるのかなと。何気ないことがいざというときに役立つ引き出しになってくれることがあります。専門性を求め過ぎずに、いろいろな経験をされることが結果的に自分の行きたい方向につながっていく。そしてなれたときに、一気にその人の幅が広がると思いますね。
私は雇用に関わる立場にもなっていますけれど、いろいろな経験をした人のほうが面白い人材だなと思います。柔軟な発想でものごとを進めてくれる人になると思うので、(アナリストに)なる側、受け入れる側を両方経験した身としては、酸いも甘いもいろいろな経験をした人というのが大切だと思います。
(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)
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