Pick Up Analysts

2017.9.6

アナリストは選手やコーチが使う「道具」のような存在

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第11回は競泳日本代表などの科学分析を担当している松田有司氏(国立スポーツ科学センタースポーツ科学研究部)に聞きました。

前例が当てはまらない日本のトップレベル

―アナリストになったきっかけを教えてください。

大学3年生のときに競泳のレース分析をする日本水泳連盟科学委員のプロジェクトをしている知り合いの方がいて、自分から「その活動に参加できないか?」とお願いして参加させていただいたことがきっかけです。当時はそこまで専門的なスキルがあったわけではなかったのですが、大学院に入ってからいろいろと勉強をして今に至りますね。

現在の具体的な作業は国内では水中での動作分析、国外の試合ではレース分析をしています。

例えば動作分析はひと掻きでどのような速度の変化があったのか、その速度変化に動作がどのように関連しているのかを分析しています。どういう動作の時に速度が上がったり低下しているのかなど詳細に分析して、選手の動作の改善点や、競技レベルが高い人の泳ぎの特徴を探っています。

一方でレース分析はレースを撮影し、そのレース情報を即時的にコーチ・選手にフィードバックしています。レース情報とは、レースをいくつかの区間に分類し、区間ごとの泳速度、ひと掻きに要する時間、ひと掻きで進む距離、スタート・ターン時間などを指します。これらの情報を、過去の自分のレース分析結果やライバル選手と比較できる形で、フィードバックしています。現在は、予選レースが終了すれば、1時間以内にはデータを届けることができ、分析結果を決勝競技の戦略を立てる際に役立てていただいています。

―アナリストとしてやりがいを感じる瞬間は?

日本代表や候補の選手を科学サポートしていますが、競泳の日本のレベルは世界のトップレベルで、一般人の泳ぎの課題を見つけるのとはわけが違います。一般の方であれば競技レベルが高い人の動作が論文になっており、それを参考にしたりできますが、トップレベルの選手だと前例が当てはまらないことが多くあり、レベルの高いところで自分の知識が求められているなと感じます。

―競泳の分析で大変だと感じる部分は?

競泳には泳ぎ方が4つあり(クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ)、それぞれの種目で科学的にサポートしていく立場にあります。ただクロールと平泳ぎを見ても分かるように、それぞれが全く違う動作になります。そのため、それぞれの種目に対する知識が必要になります。さらに泳ぎだけでなく、スタートやターンといった技術の改善も必要になります。

さらに、日本代表や候補の選手は非常に多いです。少ないと言われている今年の代表にしても30名ほどいます。チームスポーツだったらチームとしての課題を一つ上げれば何かしら解決できますが、個人スポーツですので、選手やコーチそれぞれに課題を感じられて相談されますし、映像などを分析して選手の課題をこちらから相談することもあり、非常に多くの知識が必要になってきます。

また、代表に帯同すると作業量も多くなります。ただ、逆に捉えれば多くの選手のデータを得たり、コーチや選手と関わることができるのは自分自身のプラスになっていると思います。

―競泳の分析に欠かせないツールは?

科学的なデータやレース分析の情報はできるだけ早く、即時的にフィードバックしなければいけません。例えば五輪であれば、午前の予選が終わってから予選のデータを見てコーチと選手が夜に行われる準決勝・決勝の戦略を考えます。その即時的なフィードバックを実現するために、レース分析の結果を過去の値と比較できるようなシステムを独自に構築しています。エクセルのVBAで独自にプログラムを組んでいます。

アナリストは選手やコーチが使う「道具」

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?

選手やコーチが使う「道具」という表現が合っているのかもしれません。例えば料理人が使う包丁のような、ある種その種目にとって欠かすことができない道具にもなる可能性をはらんでいるのではないかと思っています。道具を使う人によってはその道具の形を変えることも必要かもしれませんし、時代によっては形や使用方法を洗練していくことが必要になります。

また、対人間ですので、こちらの道具としての機能が十分だったとしても、使い勝手が悪かったら使ってもらえない場合もあります。使う人間によって生かされる場合もあれば、そうでない場合もありますし、我々は道具のような存在ではないかなと思います。

―他競技のアナリストをするとしたら?

競泳はまだまだ未解明な部分が多いので力が測定できないのですが、メカニズムが動作から分かるような単純な運動には取り組んでみたいなという気持ちがあります。例えばゴルフのスイングなど、その場で測定できるものに興味があります。動作を数値で出すのが我々の一つの使命ですので、より数値に基づいたサポートや分析をしてみたいという思いがあります。

―競泳界のアナリティクスの重要性や需要に変化は感じますか?

北島康介選手がデータ分析を取り入れて、アテネ五輪で金メダルという成果を挙げたのが一つ大きな転機としてあります。現場では北島選手の活躍が一つの引き金となり、科学が重要だと強く思われるようになってきています。代表の試合には、アナリストを1人もしくは2人必ず帯同させてくださいと連盟からも言われます。ひと昔前とは違い、その需要が高まっていることを感じます。

また先ほど「道具」といいましたが、コーチが「道具」の使い方の勝手が分かってきて、活用するレベルが上がったと感じています。例えばレース分析をしていて、大量のデータを分析しているので小さなミスがあったりします。15メートルの通過がいつもより0.1秒速かったり遅かったりすると、以前でしたらその程度の誤差は気付かなかったのですが、最近は「この値どう思う?」と直接聞いていただけるようになりました。ここ2~3年ぐらいは、値に対してすごく敏感になってきていると感じますね。

課題は情報が現場に伝わり切れていないこと

―今後の目標や夢を教えてください。

我々の仕事の一つに、コーチの資質を上げていただくような「知」の提供というのがあります。こと競泳は未解明な部分が多いので、未解明な部分を私自身が明らかにしていく。そして、明らかにされてはいるが、現場のコーチに伝播していない部分もまだまだ多く、コーチの経験で指導されている部分も多いです。そこに科学的な知識もプラスしていただいて、より多くのコーチのコーチング力の向上に寄与させていただきたいと思っています。

さらには1人でも多く、そのコーチから輩出される選手の競技力が向上していけばいいかなと思っています。

―明らかになっている部分も活用していただけていないというのはどういう状況ですか? 重要性に気付けていないということでしょうか。

というよりは情報として伝わり切れていないという形ですね。その情報を知る機会がないというのが現状です。

コーチ研修会とかはあるのですが、まだまだ伝わり切れていないので、そこは課題だと思います。コーチや興味がある選手に対して講習会を各地でしたり、県ごとに連盟は動かれているので、そこにアプローチして講習会とかをしたいですね。後は出版物やネット情報にして、コーチの目に届きやすいようにしたいです。

―アナリストになりたい方へのアドバイスはありますか?

基本的な学問的な資質を有していることが必要だと思います。例えば私は、力学や物理学を学んだ背景があり、理論的なベースを元に、解明されていないことが多い競泳の事象にアプローチしています。

あと、まだまだ未解明な部分が多い水泳において、何が競技力において大事で、何が関係していないかというのを見極める能力が必要です。経験や知識、時には直感的なものになるのかもしれませんが、本質を正しく判断できる能力が必要ですね。

(その能力を身につけるには)高いレベルの環境に身を置き、本物に触れる経験を多く積むことが重要ではないでしょうか。例えば大学であれば私も大学院に行きましたが、先輩や教授は最先端の研究をされているので、高いレベルで知識を学べることができ、物事の本質を見極める経験を積むことができる環境の一つであるように思います。

(インタビュアー:澤田和輝/スポーツナビ)

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アナリストプロフィール

アナリスト

松田有司 氏

独立行政法人日本スポーツ振興センター 国立スポーツ科学センター スポーツ科学部 研究員 競泳担当 日本水泳連盟科学委員

1981年生まれ。小学校から水泳を始め、大学まで水泳を競技として続ける。競泳を選手として続ける中で、競泳選手を科学的にサポートしたいと志をもち、大学に進学。大学在学中に日本水泳連盟科学委員スタッフとしてレース分析をはじめとする科学サポートを開始する。大学院に進学し、水泳のバイオメカニクスを専門に究研を進め、京都大学人間環境学研究科にて博士号を取得。2013年から現職となる国立スポーツ科学センターに入職し、水泳のサポート担当者として従事。オリンピックをはじめとして多くの世界大会や合宿で日本代表チーム選手に帯同し、科学サポートを実施。競技力向上に繋がる知見の提供、新たな技術を解明すべく研究・サポートをすすめている。

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