第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第15回は、平昌冬季五輪で金3、銀2、銅1、計6個のメダル獲得と入賞9という成績を残したスピードスケート日本代表を支えた紅楳(こうばい)英信氏(相澤病院)に聞きました。日本スケート連盟科学委員・スピードスケート強化部委員として、10名の科学班の責任者を務めています。
-アナリストになったきっかけを教えて下さい
アナリストという言葉を自分自身に使ったことはなく、今の立場を何かしら競技に関する数字を扱う人、ということで話します。きっかけは偶然が偶然を呼び、それに自分の興味が合致したということです。
私は陸上をやっていて、筑波大学に入ってからスピードスケートを始めたという珍しいケースになります。その時の環境として、小平奈緒選手のコーチである結城匡啓先生がまだ筑波にいて科学的な話を聞くことも多かったですし、1998年長野五輪の余韻もある中でトップ選手の話も聞いたりして、新しく始めた競技にどんどん興味が沸いていきました。もともと数学なども好きでした。
現在の日本スケート連盟スピードスケート強化部長である湯田淳先生が大学の先輩で、現役を引退してスポーツバイオメカニクスの研究をする時に、近くにいたということで映像撮影の補助などをするようになりました。
トリノ五輪で日本代表がメダルを獲れなかった後に連盟の体制が変わり、2007年にスピードスケートの科学班が組織化される時に誘ってもらったのも大きなきっかけです。勤めた会社を辞め、アルバイト生活を経て、大学院に行くなどしていた27歳の時でした。その後は、国立スポーツ科学センターから日本スポーツ振興センターに所属は変わりましたが、マルチサポート事業(現在のハイパフォーマンス・サポート事業、メダルの獲得が有望な種目に対し、集中的に専門的な支援を行う事業)の一員に選ばれる形でサポートを続け、2014年ソチ五輪の後に湯田先生が強化部長になったことで今の立場になりました。
分析が生かされたのも組織の力
-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
今は、アナリストと言うよりは、科学班の責任者、強化部委員、ナショナルトレーニングセンター関係の仕事など複数の役割を務めています。責任ある立場をやらせてもらっている重圧も大きいですけど、それらの仕事が大きく強化に関わる部分に反映されることにやりがいを感じます。
例えば、平昌五輪のチームパシュート(団体追い抜き)の金メダルも科学のおかげだと褒めて頂きますけれども、選手やコーチの力が大きいのは理解していますし、すべてがつながったからです。組織のいい枠組みなしでは成し遂げられませんでした。掲げていた目標を果たした嬉しさややりがいは感じていますが、分析が生かされたのも組織の力だったと思います。
-これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?
例えば欲しいデータを取ろうとするにしても、いろいろな関係者が絡むことによる制約があったりすることが大変ですかね。いろいろな組織を通して申請を上げたりとか、分析や科学に純粋に取り組む前の段階で、労力がかかることが多い。もう一つ、普段大変なのは、外国人コーチを相手にするので、英語で議論すること、深い会話をすることです。科学的な話や分析的な話をする時は、解釈や伝え方が重要になってくるので、通訳を介さずに直接話すのが一番です。それには英語力をもっと高めることが必要です。
-分析に欠かせない情報やツールは?
分析に特殊なソフトウェアを使うことはなく、簡単な作業をいかに効率よくやるかが大事なので、日常的に欠かせないものはPC(パソコン)ということになります。敢えて特別なものを挙げるとすると、エムウェーブの天井カメラのシステムですかね。株式会社アプライド・ビジョン・システムズ、国立スポーツ科学センター、エムウェーブの多大なるご協力でできた世界で唯一のシステムです。
2011年に設置されて、運用して調整して精度を上げて、本格的に使えるようになったのは2013年でした。60分の1秒ごとに撮影できて、滑走の軌跡や速度の変化を計測できます。例えば、チームパシュートの場合、隊列が乱れた時に3人がどういう速度変化を起こしたのか、あとは位置取りでどこを滑っているのかを見られます。選手が感じていることとほぼ一緒ですが、半信半疑のところをデータで補完していく、その上で、次にどうしていくのかを話す材料にしていく、そういう感じで使います。
そのチームの責任者がいい判断をできるデータは何か
-自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
客観的な情報を分析するが、その方法には主観が入るので、状況を見ながらバランスを考えて分析できる人。チームの責任者、私の場合だとヨハン・デビット・ヘッドコーチになりますが、その人がいい判断をできるデータは何か、ということを捕えて提供しなければなりません。主観ゼロはあり得ないものの、俯瞰的に見て、自分の独りよがりな内容をできる限り捨てることです。自己主張のようなものは入れてはいけないんです。
コーチ、選手ごとに言葉にできない思いや直観的な感覚というのがあって、そこに届くような情報を与えた時に反応が返ってきます。徐々にですが、それがわかってくると、いいものを渡せているなと思うことが増えてきました。
-自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
パフォーマンス分析とはちょっと別になりますが、自分がやっているのは感覚的には一般の野球が好きな人が「僕が監督ならこうするのに」と考えることに近いです。最近は、自分で言うのも変ですけど、それが合理的になってきました。スケートがとても好きになって、「もっとこうやればいいのに」と思う中で、パフォーマンスに出てくる数字とその要因は何なのかと考える。やればやるほど上に到達していっている感覚があって、楽しいと感じます。
スピードスケートが一番好きなので他の競技のことは考えにくいですが、自分ができるかなと思うのは、どうすれば効率よく戦えるのか、最適な組み合わせは何かというところです。例えば、野球で専門的な分析をするには時間も人も大量に必要ですが、僕が一人でやるとすると、出塁率と得点圏打率しか見ないと思います。出塁率の高い選手を一、二番に置いて、少なくとも二塁に走者がいる確率を高くし、あとは得点圏打率を見て並びを考える。残塁が少なく、得点が多いのが最も効率がいいですよね。
-アナリストになっていなければ、何をしていた?
大学を卒業して、2年ほどサラリーマンをしていました。いかに売上を上げていくのかというようなことを考えるようになっていく自分でいいのかなと考えた時に、「若いうちなら困ったら親を頼ればいいや」というぐらいの勢いで、会社を辞めてしまいました。1年くらいアルバイト生活を送って、大学院に進み、その後は幸せなことに、やりたいことを突き詰めていったら、何となく仕事になったという形です。もし、今の仕事をしてなかったら、と考えると、やっぱりサラリーマンじゃないですかね。いずれにしても、目的に対して作戦を考えて、それを達成していく仕事をやりたいと思います。
-今後の目標、夢は何か?
スピードスケートという競技で日本が世界ナンバーワンになることです。日本から出た選手が世界のトップ、3人出たなら金銀銅を獲る、そういうシーンを見たいです。今はオランダが強すぎで、平昌でのメダル数は16個ですからまだまだ遠いです。日本は6個でしたが、男子はゼロでしたし。
オランダとの違いは、社会的な背景としてスケートがサッカー、自転車と並んで、運動能力の高い人が選ぶ競技であること。それから、スケートのトレーニングの理論が体系化されているという印象があります。この時期にこういうことをやれば強くなっていくという理論を使いながらやっています。トレーニングセンターにも一度行ったことがありますが、非常に合理的で機能的。最後にもう一つ違いがあるとすると、五輪というここ一番にピークを合わせられた選手が数人いたこと。なぜあれができたのかがわからないので、解明したいです。
知識を使って、いろいろな状況を予測して準備しなければならない
-アナリストに必要な資質は?
幅広い教養や知識が必要だと思います。どんどん知識を増やす。それがなぜアナリストに必要かと言いますと、知識を使って、いろいろな状況を予測して準備しなければならないからです。それができないと、いくらコミュニケーション力が高くてもダメ。コーチや選手から聞かれた時にわかっている。わからないとしても、なぜわからないのかをきちんと説明できる。それが参謀としての信頼度につながります。例えば、オランダ人がどう考えるのかを予測するには、オランダの歴史を知っていれば考える材料になり、そこからつなげていくことができます。
-どうしたら、スポーツアナリストになれるのか?
日本の社会がそうなのかもしれませんけど、職を選ぶときに可能性を狭めすぎている感じがします。前の質問とも関係しますが、幅広い知識を持っている人の方が、活躍の場が広がります。この職業に就くにはこれが近道だから他を捨ててこれをやるとか、これは勉強しても役に立たないと決めつけるようなことは止めた方がいい。アナリストはまだ、医師のように具体的なポジションではありません。
そういうポジションに出会えた時にチャンスをつかむには、自分で分析を実践していくことも大事です。小学校の自由研究のレベルでも構わないので、自分が「これが分析だ」と思えば、それをやっていけばいいでしょう。手を動かす中で気づくことは必ずありますから。
(インタビュアー:早川忠宏)
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