Pick Up Analysts

2019.4.17

スポーツアナリストとは、選手とコーチを「つなぐ人」

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、10の質問で自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第21回は、北里大学で教員を務める永見智行氏に聞きました。

永見氏は早稲田大学在籍時からボールの回転や飛翔軌道・ボールコントロールといった野球投手のパフォーマンスと投球動作の関係について研究しており、第7回で紹介した國學院大学の神事努氏と並び、同分野の第一人者として活躍されています。SAJ2019では「テクノロジーの活用はアマチュア野球選手の能力向上にどう生きるのか?」というセッションに登壇していただきました。

永見氏は学生時代の経験からボールの回転を研究するようになった

きっかけは“いいピッチャー”とは何なのかはっきりしたかったから

 

―現在の職業とその仕事についたきっかけを教えてください。

私自身、小学2年から野球をやっていました。高校は早稲田大学の附属校だったのですが、入試がない代わりに卒業研究がありました。私自身が野球をやっていて肩やひじを痛めることが多かったので、当時の甲子園の球数を調べたり、傷害にならないためにはどうすればいいか調べたりしました。それがスタートですね。ちょうど設立されたスポーツ科学部スポーツ医科学科に入り、大学では4年間野球部の学生トレーナーをしていました。その後、早稲田大学の修士課程、博士課程を修了し、助手を務めた後、2016年からは北里大学で教員をしています。

学生トレーナーをしているとき、野手の練習は監督やコーチが仕切るのですが、ピッチャーのトレーニングメニューはトレーナーに任される部分が多かった。伝統的なメニューやその時の流行なども踏まえてトレーニングを課していましたけれど、このトレーニングが本当にピッチャーのパフォーマンス向上に役立っているのか、という疑問は常にありました。例えばこのトレーニングで本当に球が速くなるのか、速くなったとてピッチャーとして通用するかというと必ずしもそうではない。球が速くても打たれる人は打たれる。そういう思いが研究の方に進んでいったきっかけですね。

 

―ボールの回転を研究するようになったきっかけはなんだったのでしょうか。

学生トレーナーとしての経験から、修士課程での研究対象としてピッチャーに興味を向けました。“いいピッチャー”とは何なのかはっきりしたかったんです。最初はフォームや、地面にどういう力を加えて体重移動をしているのかなどを研究していたのですが、いろいろあって頓挫しました。

そこからは運の要素も多いのですが(笑)、2006年に野球部の大先輩である小宮山悟さん(現・早稲田大学野球部監督)が千葉ロッテで現役選手として活躍されながら隣の研究室の修士課程に入学されます。その縁で、小宮山さんの投球を測定、撮影させていただけることになり、研究室にあったハイスピードカメラで実際にボールの回転も撮ってみたのが始まりです。そのときの映像はとても良く撮れていて、今でもさまざまな場面で使用させていただいています。

小宮山さんは球種を8種類も投げていたので貴重なデータを計測できました。小宮山さんオリジナル変化球のシェイク(ナックルのような揺れる球)など、それぞれの回転を分析して、学会、論文で発表しました。ボールの“ノビ”や”キレ”といった、学生トレーナーをしていて生じた疑問につながるのはボールの回転かなと思っていましたから、研究の方向がこちらへ傾いていきました。

さらに、私が修士課程に進んだ2007年に斎藤佑樹、大石達也、福井優也らの世代が野球部に入ってきました。監督に理解をいただいて、彼らやその前後の多くの投手の映像、データもコンスタントに測定することができました。また同時期にプロ野球選手の自主トレーニングに同行させていただく機会も得て、測定だけでなく、一流選手の考えや姿勢を勉強することができました。その後も社会人野球チームやプロ野球チームの測定なども不定期にやりましたね。一昨年からは自動でボールの回転や飛翔軌道を測ることのできる「TRACKMAN(トラックマン)」のデータをどう生かすか、現場にどうフィードバックするのかを研究しています。

大変なのはボールの回転に対する認識がそれぞれ違うこと

ボールの回転に対する認識はそれぞれ。それをそろえることが大変だと語る

 

―研究をしていてやりがいを感じる瞬間は?

やはり新しい発見があるときですね。誰も知らないことを見つける。分かっていないことを明らかにする。そこが醍醐味の1つです。

例えば、ピッチャーの投げ方にも「オーバースロー」「スリークオーター」「サイドスロー」といろいろあるわけですけれど、それぞれの投げ方で投げられるボールの回転が決まってくることが分かりました。回転軸を考えると、オーバースローの選手が無理に横に変化させようとしても曲がらないし、そんなボールは投げられない。そこで無理をするからけがをする。それでフォームを変えざるを得なくなるんですけれど、そうするとそれまで得意だった球種にも影響が出てきます。伸びるストレートだった投手がフォームを変えたことで伸びなくなることがよくある。

結局、昔から言われていることではあるんですけれど、「そういう理屈なのか」と分かる。だからやってはいけないんだなと。逆にこういう変化球なら投げられるとか発見もありますし、そういうのがまさに「腑に落ちる」んですよ。

 

―研究で一番大変なことは?

ボールの回転の話を選手にすると、スタートからそれぞれ認識が違うし、間違っていることが多いんです。皆さん「ストレート」というと綺麗なバックスピンがかかったボールを想像されますが、そんなボールを投げる人は1人もいません。一般的に、ボールの回転軸に3次元的な発想がないんですよね。2次元で考えてしまう。その辺りは漫画やゲームの弊害なのかもしれません。その認識の違いをどう伝えるか。

同じストレートでもフォームによって回転は違って…と前提を説明していくと1時間なんてあっという間です。そのうえであなたの場合は…と説明しなければならないので(笑)。説明をスタートする土台がみんな違いすぎることが一番困るし、大変なことですね。

さらにそこまで話をしても「だから何?」という感じの選手もたくさんいます。ボールを投げたときの「力感」とか、自分の身体の感覚を大切にしている選手にはピンとこないのも理解できなくはありません。そこも難しいですね。

選手やコーチが日々感じていること、それを表現した言葉が間違っているとは決して思いません。例えばよく曲がると思われているスライダーという球種は、実はあまり曲がっていません。ストレートの方が、方向は反対ですが、よほど大きく曲がっています。こういった感覚と実際の違いをいかに埋めるか。つまり選手やコーチの感覚をどう解釈をするかが重要と考えますが、とても大変です。

 

―担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?

一番使っているのはハイスピードカメラです。回転の分析をしようとすると、1秒間に1000コマぐらい撮れるようなカメラを使います。普通のカメラは60コマ程度ですね。そこまでのカメラを使うとボールの回転軸や回転数を計測できます。

いまでは先ほど話した「トラックマン」や「Rapsodo(ラプソード)」など別の機械も出てきていて、分析の時間が大幅に短縮できてとても便利です。一方で映像があると話をするときにすごく役に立つんです。「自分はこう思っている」「こういうデータが出た」と伝えても受け入れてくれない人もいる。でも映像を見たらぐうの音も出ない。映像があって、選手とコーチ、そして私がいる。映像が真ん中にあってそれを3人で見ることが大事かなと。それがないと、選手も納得できないし、「理解のミスマッチ」がいくらでも起こりえる。そこに映像があると理解がよく進むのでやはり大事ですね。しかも普通のカメラより細かく見られるほうがいい。

ハイスピードカメラで投球動作やボールの回転を撮影する永見氏(左)

野球に関する正しい知識や情報を浸透させたい

 

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?

元々は統計を学んできた人がスポーツの世界に来た、というのがそもそも私がイメージしていたスポーツアナリストです。でもおそらく現在ではそれだけではなくなっている。私自身、自分はスポーツアナリストではないと思っていますけれど(笑)、JSAAの渡辺啓太さんがおっしゃっていた「選手及びチームを目標達成に導くために、情報戦略面で高い専門性を持ってサポートするスペシャリスト」という定義なら、確かに私もアナリストなんだなと思いましたから。

ただ、コーチとは違うものだと思います。だから「つなぐ人」ですかね。先ほど選手、コーチとともに映像を見る話をしましたが、コーチは練習などで選手を適切な方向へ導いていくわけですよね。そのときに私はデータや映像を用いて、両者の理解に相違がないよう差し向けていく役割を担うわけです。だからそういう「つなぐ人」がスポーツアナリストですかね。

 

―自分が他競技の研究をするとしたら、どんなスポーツ? 現在の仕事をしていなければ、何をしていた?

私は野球の経験しかないので、よくないなという思いはあります。他の種目の見方が分からない。サッカーのシュートとか、卓球のボールの回転など技術そのものは生かせますけれど、それがその競技全体においてどういう意味があるのか。そこがピンとこないのが問題なので、他の競技をやるのは想像が難しいですね。

ただ、現在の仕事や研究内容ではなかったとしても、何かしらアナリスト的な分析の仕事をやっていたと思います。

 

―今後の目標、夢は何?

1つは先ほど述べたように現在の野球に関する“常識”には正しくないこともあるので、正しい知識や情報を浸透させていきたいです。私が最終的にトレーナーという仕事に就こうとしなかった理由の1つとして、1人でチームの数十人の選手に教えることは性格的に向いていないなと思ったことがあります。さらにそういう現場での仕事に向いている人、やりたい人はたくさんいる。だから自分が直接指導するより、私が研究して得た正しい情報を、指導される方たちに伝えたほうがいい。何を持ってそれが達成されるのかは分からないですけれど、そこまでやって始めて私のやってきたことの意味があるのかなと思います。

尖った武器と、広くスポーツに対する造詣の両方が必要

スポーツアナリストには尖った武器と、広くスポーツに対する造詣の両方が必要という

 

―アナリストに必要な資質は?

先ほどの定義で考えると「つなぐ」という感覚を持っている人は向いていると思います。必要なこととしては選手とコーチ両方の立場も理解できないといけない。それぞれの意見や思いを翻訳してどちらかに返していくわけなので。それと競技の本質みたいなものを理解していないといけないですよね。そこは多くの一流選手とご一緒させていただく中で鍛えられました。同じコーチの指導でもみんな感じることが違いますから。そういう中で間に入っても苦ではない、うまく立ち回れるというのが大事かなと。

ただ、私はそうやってきましたけれど、40歳、50歳になってもそれができるかというとまた違うのかなと。これまでは私は選手と同世代ぐらいでやってきましたけれど、40歳、50歳になれば選手はほぼ年下になります。立場的に毎日選手を見ているわけではないので、急にやってきた年上のおじさんの言葉を選手が素直に受け入れるのは難しいですよね(笑)。だからまた違う感覚が必要になる。向いている人というのもその時々で変わるのかもしれないですね。

 

―どうしたらスポーツアナリストになれるのか?

絶対に必要なのは「運」と「縁」。そして運があって何か縁ができたとき、それを掴むために準備ができているかどうか、でしょうか。準備とは例えば統計とか医学など何か1つの分野を突き詰めて学んで、さらに関連する分野を広く理解しておくことだと思います。

スポーツ科学部の先生にはいろいろな方がいましたが、別の親学問を持っている場合が多かったです。工学部を修了された方がスポーツに興味があってスポーツ工学をやっているケース、医師の先生がスポーツに興味があり、スポーツ科学部に来てスポーツ医学をやっているケースなどです。一方で私には親学問がありません。“スポーツ科学”を一通り網羅して学んだことがスポーツ科学部出身の人の強みであり弱みです。私はコンディショニングやトレーニングのこと、現場のことをなんとなく知っているし、スポーツの歴史的な側面もなんとなく分かっている。分析の話もできるという点で、強みを持っていると言えるかもしれません。

もちろん武器となるものも必要です。私でいえば幅広いスキルに加えてボールの回転を研究していることが武器となっていろいろなところに声をかけてもらえているわけですから。ただ、それだけを突き詰めると「アナリスト」ではなくて「研究者」になる。それはまたスポーツアナリストとは違うかもしれないので、尖った武器の部分と、広くスポーツに対する造詣の両方が必要なのではないでしょうか。

(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)

アナリストプロフィール

アナリスト

永見智行 氏

北里大学 一般教育部 講師

1985年生まれ。早稲田大学スポーツ科学部卒業、同大学院スポーツ科学研究科修了、博士(スポーツ科学)。学部在籍中は同野球部学生トレーナーとして活動し、同学術院助手を経て現職。スポーツバイオメカニクスを素地に、ボールの回転や飛翔軌道・ボールコントロールといった野球投手のパフォーマンスと投球動作の関係について研究を進める。同時にプロ野球投手の自主トレーニングパートナーを8年間に渡って務めるなど、指導・練習の場への研究データ活用法を模索している。

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