Pick Up Analysts

2019.5.23

「手段」と「目的」をはき違えてはいけない

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第22回は、アビームコンサルティング株式会社P&T Digital ビジネスユニットダイレクターで、モータースポーツに携わる竹井昭人氏に聞きました。

 

アビームコンサルティングは、日本発の総合コンサルティングファームで、経営戦略の策定や、その戦略に基づく業務の設計、システムの導入、人事・組織変革など、総合的なコンサルティングを行っており、竹井氏および同社のチームメンバーは、スポーツ&エンターテイメント領域のコンサルティングを担当しています。インディカー、スーパーフォーミュラ、FIA-F4と3つのカテゴリーで、独自に開発したシステムを駆使してレース中に刻々と変化する大量のデータを瞬時に分析して提示し、戦略的な判断を助けています。

フォーミュラカーを使用したレースで北米最高峰に位置するインディカーシリーズでは、元F1ドライバーの佐藤琢磨氏の所属するチームをサポート。佐藤氏は2017年に世界最大、最速、最古の自動車レースと言われる、インディ500で日本人として初優勝。竹井氏と佐藤氏はSAJ2019にて『超一流のアスリートが求める「目的」視点のデータ分析』というセッションに登壇していただきました。

非常に高度な構造をもった機械を使うスポーツ

―現在の職業とモータースポーツの分析の仕事についた経緯を教えてください。

私自身は特にスポーツの経験はなく、学生時代からゴリゴリのプログラマーでして、今でもRubyやJavaであれば書けます。コンピューターシステム自体は手段であって目的ではありません。例えば、在庫効率を上げてコストを削減し企業の成長につなげるという 「目的」 を実現するための 「手段」 として在庫管理システムがあります。

2006年から当社の一員となりましたが、当時の私は、より良い手段を磨き上げていくシステムエンジニアの仕事よりも、クライアントと共に目的を明確にして実現していく仕事がしたかったので、コンサルタントの道を選びました。

アビームコンサルティングでは主にリテール業、サービス業のお客様を対象とするプロジェクトに携わってきたのですが、スマホやSNSが一気に普及した時期で、セールスやマーケティング関連のコンサルティングを行っていく上で大量のデータを扱ってきました。そこでBI(ビジネスインテリジェンス)やビッグデータ解析といった技術にも触れてきましたが、2016年に新たにモーターレースにおけるデータ解析の依頼をいただき、社内で手を上げたのがきっかけです。元々、車が好きだったというのもありますし、特殊な世界で自分が成長できそうに感じました。

レースもモータースポーツというくらいで、れっきとしたスポーツです。ただ、ラケットなどの用具ではなく、非常に高度な構造をもった機械を使うという点が違います。国内外の基幹産業として成り立ってきた業界のメガ企業が、威信をかけて優秀な人材と莫大な費用、高度な技術を用いてつくった複雑な機械を使ったスポーツはなかなかありません。もちろん当初から、レースチームの監督やドライバー、チームのエンジニアたちは、すでにデータを活用していました。フォーミュラマシンには数百のセンサーが取り付けられていて、エンジンの回転数やブレーキの温度、タイヤの内圧、サスペンションの状況や走行中の車高など、あらゆるものが全て数字として算出されます。僕たちもデータ、数字を使って企業をコンサルティングしてきたので「数字に基づいて会話する」という部分は同じでした。

ただ、レースの現場は文字通り、秒単位で目まぐるしく動く非常にタフなシチュエーションです。そこで、膨大なデータをいかに効率よく、すばやく解析してより良い結果に結びつけるか、という部分にはまだ深耕の余地がある、ということで我々のようなデータの専門家にお声をかけてもらえた、という形です。

 

―具体的にはどのように仕事をしているのでしょうか

レースは通常、金曜日に練習走行があり、土曜日には予選、日曜日に決勝が行われます。まずは土曜日の予選に向けて、いかに一周を速く走るか、ということをテーマに膨大な車体データとドライビングのデータを活用し分析します。その後は、長い距離を他チームの車と競う日曜日の決勝に向けて、マシンセッティングやピットインのタイミング、給油量などのレース戦略にもデータを使っていきます。

2016年のシーズンは、国内トップのスーパーフォーミュラというカテゴリーで支援させていただいたのですが、このレース×コンサルティングという取り組みは周囲からの関心も高く、翌2017年からはスーパーフォーミュラに加えて、海外のインディカーに参戦するチーム、ドライバーとテクノロジーパートナーとなり、共にレースを戦うようになりました。この取り組みは今シーズンも続いていて、4シーズン目になります。

もちろんこの取り組みは、アビームコンサルティングとして、弊社の多くのコンサルタントと共にチームを組んで行っています。私は今、この弊社の分析チームを統括するような立場でお仕事をさせて頂いていますが、直接現地のサーキットへ出向いて全レースの支援を行っています。

提供:アビームコンサルティング

-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?

多くのアナリストの方々がそうであるように、ドライバーやチームが良い結果を出した時ですが、さらに大事なのは、その先です。結果によってチームやドライバーだけでなく、関係者や多くのファンの方が喜んで、その喜びによってその方々の毎日に彩りが加わっていったら、素敵なことだなと思います。今なら、SNSでそれを目にすることもできますし、スポーツがもつ力を感じます。

あまりふさわしくない話題かもしれませんが、私の父親は今、ちょっとした闘病中で、それでも我々がサポートするチーム、ドライバーの結果には毎回一喜一憂していて、スポーツがもたらす力を実感しています。主治医の先生に聞くと、やはり良い結果の知らせを聞いた後は状態も良くなるみたいですね。

自分たちが勝って嬉しい、負けて悔しい、というのはもちろんあるし、それが大前提であることに間違いはないのですが、それだけではなく、その積み重ねの先にどういう影響があるのか、ということを考えます。

 

-これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?

ネガティブな意味ではなく、毎日大変です。モータースポーツの分野は世界中から大変優秀な人材が集まって、莫大な費用と高度な技術を用いて作られた機械を使って、超一流のドライバーが1000分の1秒、10000分の1秒を争う世界です。激しい競争の世界では、他と同じことをやっていたら何の貢献もできません。先を行く独自性が必要です。

毎日、私もチームメンバーも少しでも進化できるように解析技術を進めていますので、これはそれなりの労力です。繰り返しになりますが、ネガティブな意味ではありません。私はこの状況を楽しんでいますし、国内最高峰、世界最高峰の舞台に集まる超一流のエンジニアやドライバーたちと共に戦える環境にいることに誇りを持っています。大変だけれども、楽しんでいます。

 

-分析に欠かせない情報やツールは?

弊社が独自に開発した分析システムです。非常に高度な競争の世界では、既成のシステムを使っていては他のチームと同じような分析しかできないので、一歩先には行けません。そのため、弊社ではゼロから独自の分析システムを作り上げてクラウドサービス化し、世界各地のサーキットと、リモートで分析を行う東京のコンサルタントと共同で分析作業を進めています。いかに早く、わかりやすく伝えるかということも鍵になります。ちなみに、このシステムは既に3つの部分で特許を取得してします。モータースポーツのみならず他のスポーツ、さらにはビジネスの分野においても応用し活用することを見込んでいます。

提供:アビームコンサルティング

現在の評価や将来予測を行うスペシャリスト

-自身が考えるスポーツアナリストの定義は?

例えば、金融におけるアナリストは、企業の経営状態や増資、新製品開発の動向、収益、そして国内外の全般的な経済、政治情勢など、幅広いデータや情報を調査・分析して、株価の評価や金融の将来予測を行うスペシャリスト、という定義だと思います。スポーツ分野におけるアナリストも広い意味では同じではないでしょうか。

言葉をスポーツの世界に置き換えるだけで、「チームや選手の状態を幅広いデータや情報をもとに調査・分析して現在の評価や将来予測を行うスペシャリスト」 というのがスポーツアナリストだと思います。

ポイントは「現在の評価や将来予測を行うスペシャリスト」 というところですが、まさにここが「手段」と「目的」をはき違えてはいけない部分です。チームやドライバーが達成したい「目的」を達成するためのひとつの「手段」としてアナリティクスがあるのです。その手段としてのアナリティクスを、いつでも高いレベルで行えるのがスポーツアナリストなのではないでしょうか。

 

-自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?

今年から取り組んでいるのが、車いすバスケットボールです。弊社には女子の日本代表である萩野真世という選手が所属しており、データ分析を通じて競技面における支援を行っています。

モータースポーツは機械を使うスポーツ、とお話しましたが、車いすも道具というよりは機械に近いと思っています。実際に萩野選手と会話していても、タイヤのキャンバー角や内圧の調整、といった部分でレースと同じ言葉も多く出てきて、なじみやすい部分もあります。ぜひ、こちらの競技でもより良い結果を目指していきたいです。

 

-アナリストになっていなければ、何をしていたか?

アビームコンサルティングという会社の中で、モータースポーツのデータ分析をしていなかったら何をしていたか、という意味では、その前のキャリアを活かしてリテール&サービスの分野でコンサルティングをしていたと思います。もともとBtoCのビジネスに関心があるので、その領域を深堀りしていると思います。

会社の外だったら何をしていたか、というのであれば、アートとサイエンスを組み合わせたような仕事に興味がありました。

スポーツをソーシャルグッドなものにつなげていきたい

-今後の目標、夢は何か?

短期的には、やはりサポートしているチームやドライバーがより良い結果を出すこと、そしてそこに貢献できることです。長期的には、ソーシャルグッドと言いますか、スポーツをてこに社会が少しでも良くなっていくことに関わっていきたいと思っています。

仕事柄、海外と日本を往復する毎日ですが、世界との差を肌で感じています。日本は近年、GDPは横ばいなのにも関わらず、多くの先進諸国や新興国は数字を伸ばしています。また、国内人口も減る一方で、言語の壁などもあって、なかなか外からも人材が入ってきづらい環境です。優秀な人材とお金は、集まるところにはどんどん集まっていきますが、現在それは日本以外であって、残念ながら国内の市場は縮小していると言わざるを得ないと思います。ただ皆、気づいていながら目を逸らしているこのような状況には、私自身も含めて少し危機感を感じます。

例えば、モーターレースでいかに速く走るかというテーマは、裏を返せば、いかに安全に走るかや、いかに燃費を向上させるか、というところにつながってきます。そのデータを自動車産業や損害保険業界などの新たな事業やサービスの開発でも活用していくことも可能です。そういったテクノロジーの応用に加えて、スポーツが持つエコシステムを通じて日本をより良くする、ソーシャルグッドなものにつなげていきたいと思っています。

勝敗だけでなく、スポーツがもたらす熱狂や、ファンとのエンゲージメントを他のスポーツ競技やエンターテインメント、ビジネスの世界にまで連鎖的に活用していくことができれば、日本もまだ ”ワンチャン” あると感じています。当社としても日本発のコンサルティングファームとして、引き続きその実現を支援していきます。

 

-アナリストに必要な資質は?

偉そうなことを言える立場ではないですが、基本として相関関係と因果関係をきちんと分けて考えるクセがついていることでしょうか。社内のチームの内輪用語として、「夏アイス」という言葉があるのですが、これは相関関係と因果関係がごちゃごちゃになってしまっている状態を指します。「その結果って夏アイスだよね?」 みたいに使います。

例えば、非常に高度なモデルを用いて膨大な量のデータを解析して出した結果が「海やプールで起きた事故の数とアイスクリームの売上には強い相関関係があることがわかりました」だとしたら おいおいってなりますよね。海難事故の数とアイスの売上げには、強い相関はあっても因果関係はありません。この場合では、「気温」という要素を組み込んできちんと因果関係を説明する必要があります。

 

-どうしたら、スポーツアナリストになれると思いますか?

どのフェーズにいる人なのか、どこを目指している人かによって、お答えは一人ひとり違うとは思います。ただ、多くの人は「スポーツアナリストになりたい」だけではなく、「スポーツアナリストとして何かを成し遂げたい」という思いがあるはずです。

そうであれば、やはり地道に、今の自分がどこにいるのかを正しく評価して、自分が成し遂げたい目標地点とのギャップを測って、一歩一歩埋めていく作業を積み重ねていくことです。そのためにはまず、自分自身をしっかりと客観視し、分析することが重要です。これって、自分のアナリティクスなんですよ。

そして、スケジュール通りに自分は目標地点に近づいているのかを、定期的にチェックしてまた新たな努力をする。自分自身に対してPDCAサイクルを回し続ければ、結果としてゴールに到達できると思います。

スポーツやショービジネスなど、人々の熱狂には社会を変えるチカラがあると思います。そのチカラをブーストさせるような人材が、今後もたくさん集まるとよいですね。

 

(インタビュアー:早川忠宏)

アナリストプロフィール

アナリスト

竹井 昭人 氏

アビームコンサルティング株式会社 P&T Digitalビジネスユニット ダイレクター

大手IT企業を経て、2006年にアビームコンサルティング株式会社に入社。リテール&サービス業をはじめ、スポーツ、食品、製造、銀行など幅広い業種・業態のクライアントに対してデジタル、データ活用案件を推進。2016年より国内外のモータースポーツに関するデータ活用コンサルティングに従事。国内、北米の毎レースにチーム・ドライバーと共に帯同して競技支援を行っている。

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