
第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画、『Pick Up Analyst』。第23回は本企画初となる海外のアナリスト。USA Swimming(米国水泳連盟)で17年間にわたって競泳米国代表のサポートをしているラッセル・マーク氏に聞きました。
先日閉幕した世界水泳2019光州大会。この大会でも複数の選手が世界新記録を樹立するなど、衰えることのない競泳大国アメリカは、2000年のシドニーオリンピック以降、マイケル・フェルプス選手やケイティ・レデッキー選手など、数々の水泳界のレジェンドを輩出して来ました。このアメリカ水泳界の黄金期とも言える時代、17年間にわたって選手・コーチに信頼されるアナリストとして代表チームをサポートし続けるラッセル・マーク氏。世界水泳の期間中にはWashington Postにも取り上げられUSA Swimmingの”Secret Weapon”とも称された同氏のユニークなキャリアに迫ります。
航空宇宙工学の学位を持つ競泳アナリスト
-アナリストになったきっかけを教えて下さい
大学時代、水泳部に所属しながら航空宇宙工学を専攻していました。卒業後、飛行機のエンジンを設計し製造する企業に就職しましたが、自分自身の情熱を取り去ることが出来ず、USA Swimmingのインターンシップに応募することになります。今から17年前のこと、幸運にもインターンシップのポジションを得ることができ、その後、素晴らしいメンター、コーチ、アスリートから学ぶ機会に恵まれ、現在に至ります。
インターンシップで就いたのは「コーチフェローシップ(現在は存在しない)」というポジションで、バイオメカニクス、レース分析、生理学、栄養、高地トレーニングなどあらゆる面で代表チームスタッフをサポートする1年間のプログラムでした。当時進行中だった様々な研究プロジェクトに多くの時間を費やしましたが、実はそのほとんどの時間を膨大なビデオアーカイブづくりと整理に費やしました。これを作成するのに数千もの過去映像を閲覧し、ラベリングをしました。とても地道で地味な作業でしたが、このおかげで水泳に関するあらゆる映像に詳しくなり、現在の私の知識の源泉にもなっています。これも当時のスーパーバイザーだったJonty Skinner氏(現アラバマ大学水泳部アソシエイトヘッドコーチ)、故John Walker氏の指導あってのことです。
-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
最も刺激的な瞬間は、コーチや選手との信頼関係を築き、自分自身の仕事が結果に結びつくときです。ときに自分自身では気づかないこともありますが、こちらが意識していなくともコーチや選手から感謝の意をもらった時の喜びは非常に大きなものです。私自身「人の役に立つため」に仕事をしています。
パフォーマンスに影響し得るあらゆる要因を検証する
-これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?
キャリア最大のチャレンジは、この業界に入った初期の頃にありました。エンジニアと科学者というバックグラウンドから、私の知識はデータ、数字、リサーチに頼ったものでした。そして、それらの知識を用いて、私はコーチや選手たちとコミュニケーションを取っていたのです。スポーツ業界で大きな成果を得るためには、コーチや選手が理解出来る言語で会話する必要があります。ほとんどの関係者は科学者や数学者ではないですから。理解しやすい用語でのコミュニケーションを通じて、自分自身の知識をパフォーマンスに転換出来るということを証明するのが、アナリストとして直面した最大のチャレンジでした。
ほとんどの選手やコーチは科学や数学の学位を持っている訳ではありません。ですから、データや数字を見て、「このような動きをした方がいい」、「腕の角度をこう変えた方がいい」などのアドバイスをすることが私の仕事だと考えています。しかしここに至る手順はとても難しく複雑です。なぜなら全てのデータにおいて、そのデータが得られたパフォーマンス時のトレーニングサイクル、コンディションなどなど、その時、そのパフォーマンスに影響し得るあらゆる要因を検証する必要があるからです。つまり、データを活用する上で、データをとりまく文脈を理解することがとてつもなく重要だということです。私は選手やコーチにそのデータが持つ意味を伝える前に多くの時間を費やし、考えます。長年の経験から、現在はデータ収集から実用への時間は短縮されています。データに興味関心を持つ選手やコーチはどんどん増えていて、データの活用について踏み込んだ会話がしやすくなっています。

-分析に欠かせない情報やツールは?
私が使用しているツールはベーシックなものです。映像を撮り、再生するためのGoProとスマートフォン、そして時間に余裕があってより詳細に映像を分析する際には、PC上のダートフィッシュを使用します。
航空宇宙工学で勉強したことも緩やかに現在の仕事に繋がっています。水泳におけるバイオメカニクスは、単純な身体の動作ではなく、水中で力を生むためにいかに身体の各部位が水と作用するかということです。ですので、物理学と流体力学の要素が「スイムメカニクス」の理論に応用されています。力発生(Force generation)を(航空宇宙工学で)理解していたことは、水中においてある特定の動作や姿勢が効果的か否かを説明する際に役立っています。時として、計算流体力学の知識や加速度計などのツールを必要とする研究事業に参加することがあり、起きている事象を理解すること、いかにしてより良い応用が出来るかを考える上で、私のエンジニアとしてのバックグラウンドが間違いなく役に立っています。
-自身が考えるスポーツアナリストの定義は?
パフォーマンスの中で実際に起きている事象を理解するために様々なデータや情報をコーチと選手のサポートに活用する一種のコーチだと考えています。
-自身が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
スピードスケートのショートトラックを観ることが大好きです。技術と戦略が重要なので非常に楽しいです。技術、周回(ラップ)、トレーニングといった連続性という特徴が競泳を分析する私にとって、類似性を感じます。
現在は他競技を見ると、彼らがトレーニングと試合後にどのようにリカバリーしているのか、試合前後と試合中にどのような栄養補給をしているのか、どのようにトレーニングして、最高のパフォーマンスをするために戦略を立てているのか、ということを考えます。競泳というのはユニークな競技だと思いますが、経済的にも、サポートする人材的にも発展したプロスポーツからは学べることが多くあると考えています。
アメリカでも(JSAAのような)スポーツアナリストのコミュニティというのは聞いたことがありません。私自身、USA Swimmingに来る前は、このような職種が存在することすら知りませんでした。他競技で数名のデータアナリストを除いて、コーチであり、科学者であり、アナリストである私のような立場の人に会ったことはありません。この事実は、私自身の境遇が非常に恵まれていると感じている大きな理由でもあります。USA Swimmingでこの役職に就くことが出来て、多くの選手やコーチたちをサポートするために新たな価値を生むことが出来る機会をいただいているということを幸運だと感じています。
-アナリストになっていなければ、何をしていたか?
おそらくエンジニアをしていたでしょう。しかし、大好きなハイキング、クライミング、スノースポーツなどのアウトドアスポーツへのアクセスの良い環境に住んでいることは間違いないですね。
-今後の目標、夢は何か?
とにかく選手たちの競技人生をよりよくすることですね。また、仕事に打ち込んで、そこに喜びを見出すことはもちろん、それ以外のことも楽しみ、そして旅をする。そんなバランスの取れた生き方を人々に対してインスパイアしていきたいですね。キャリアに関して言えば、次の大きな目標は2020年のオリンピックです。2016年には(米国代表は)大きな成功を得ました。決して簡単なことではありませんが、それを更新するような結果を出したいですね。

ただ知識を所有するのではなく、それを解釈し、実装していくこと
-アナリストに必要な資質は?
知識を持っているということは言うまでもありません。しかしコミュニケーション能力、すなわち様々な異なるタイプの人たちと関係を構築する能力というのは競技に関わる仕事をしていく上で不可欠なものです。ただ単に知識を持っているだけでなく、それを解釈し、実装していくことでアナリストとしての職務をようやく全うすることが出来るのです。アナリストはまた、我慢強く、勤勉で、献身的で謙虚でなければならないと考えています。
-どうしたら、スポーツアナリストになれるのか?
(スポーツ大国アメリカでも)スポーツ界で仕事を得ることは狭き門です。まずは我慢強さが重要です。インターンシップやボランティアの機会は関係構築に役に立つはずです。そして良い仕事をし続けることです。(どんなに給料が安くても!) コーチなどをしながら、スポーツと身近な場所に身を置き続けることも重要です。でも、何と言っても辛抱強く、適切なチャンスを待つことが一番大切だと思っています。エンジニアの仕事についてすぐにチャンスを得ることが出来た私は非常に幸運だったと思っています。
(インタビュアー:小倉大地雄)
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