Pick Up Analysts

2021.12.31

削ぐ行為こそがアナリストの本質

©︎NEC REDROCKETS

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第26回は、バレーボール・NECレッドロケッツの藤原稜氏に聞きました。

東大卒のバレーボールアナリストという異色のキャリアを歩み、チームの頭脳として活躍する藤原氏。どのような思いを持ってこの世界に飛び込んだのか。日々の業務の中で感じていること、今後やっていきたいことを存分に語っていただきました。

断ち切れなかったバレーボールへの想いとデータバレーとの出会い

アナリストになったきっかけを教えてください

高校まではバレー部でプレーヤーをしていたのですが第一線で活躍できるレベルでは全くなかったので、「バレーボールは高校で引退かなぁ」と思っていたのですが、東京大学に入学後一応バレー部を見に行こうと思って運動部の部活を見に行ったところ雰囲気がとても良かったんです。正直、高校時代バレーボールを気持ち良い形で終われたわけではなかったので、ちょっと未練もあって。一方で大学では新しいことをやってみたいという気持ちもあったので、その折衷案というか、それを両立できるようなことが、バレーボールの分析に携わることなんじゃないかと思ったのがきっかけですね。環境としては、大学のバレーボール部に「データバレー」というソフトウェアがあったのもきっかけでした。

 

データバレーを活用していた。つまり選手たちがデータを扱う土壌があった?

当時、東京大学男子バレー部にはアナリストとして専属で分析の作業をしている人はいなかったのですが、プレーヤーをしながら分析を兼任している先輩が何人かいらっしゃったんです。その方々が分担して行っていたデータ分析の仕事を「全部まとめてやらせてもらいたい」と申し出ました。アナリストとして入部するという前例はなかったのですが、当時の主将と監督に快諾をいただいて。そういったチームの懐の大きさというのも僕がこの世界に飛び込むことが出来た一つの大きな要因だと思っています。

東京大学男子バレー部は、僕が入部した当時関東三部に所属していたのですが、スポーツ推薦などもない中で一般入試の入学者からバレー経験者を集めてなんとかチームをつくっていくとなると、技術とかフィジカルだけではなくて、我々のストロングポイントである頭脳でも補わなきゃいけないよね、というチーム自体の方針も大きくあったと思います。それでOBからの支援もあってバレーボールを分析するソフトウェア「データバレー」を購入していたという経緯は聞いたことがあります。

 

アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?

もちろん分析がうまくいったときが一番嬉しいですし、やりがいを感じるのは当然なのですが、最近では選手たちが迷いなくプレーしてくれるようになったというか、自分のことを信頼してくれる感じがすごく伝わってくるのが僕の中では嬉しく感じることです。選手から直接「藤原さんの分析で勝てました!」と言われることはほとんどないのですが、僕がそう思えるような試合展開だったりとか、そう思えるような表情をしてくれている時は、すごく頼もしく感じられますし、アナリストとして「やってて良かったな」と思える瞬間ですね。

僕自身、大学を卒業してこのチームに入ってきて、最初は全く知らない選手たちだったというのもありますし、そもそも男子バレーから女子バレーに来ているので。女子バレーの”いろは”もわからないまま、わからないなりに頑張って分析して、伝えていたことを選手たちも少しずつ理解してくれて、僕のことを信頼してもいいんだなって思ってもらえるようになったことが大きいです。それが最近になって、「じゃあ、いつも藤原さんがこう言ってるからこうやってみようか」というように、いい意味での”言葉にしなくても伝わるような信頼関係”というのが選手と僕との間で出来てきているのかなって思いますね。

それにプラスして、選手に対しての全体ミーティングでも、監督やコーチングスタッフが戦術の大部分を僕に預けてくれていて、凄く責任を持たせてくれると言うか、裁量を持たせてくれてるのは、やりがいとしてはとても大きいですね。監督であれば本来もうちょっと口出ししたいこともあるでしょうし、それをグッと堪えてくれていると思うのですが「藤原くんが考えた通りまずはやってみようよ」という風に、任せてくれていて。コーチもそれに異論なくというか、むしろ意見を聞いてきてくれたりもするので、戦術に関してはある程度信頼してくれていると感じています。

アナリストって、バレーボールはそうでもないかもしれないのですが、スタッフの中でまだまだそれほど大きな立場ではない競技も多いと聞いてるので、そういう意味では裁量を持たせてもらって、試合に深く関わらせてもらえているのはありがたいことだなぁと感じています。

データが必要とされる土壌づくりは簡単ではない

©️NEC REDROCKETS

これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?

少し抽象的な話にはなるのですが、勝てない時期というのは恐らくどのチームでもあると思います。そういう時に「そもそも、データ以前の問題だよね」とチームの雰囲気がなってしまっていて、かつ僕自身もそう思ってしまっている、今までの経験の中でそんなことがあります。そういう時って「自分の存在価値をどうやって出していったらいいんだろう」と悩むというか、難しいなぁと思うことは多いですね。

単純に作業量が多いとか、やるべきこと、業務量が多いとかっていうことはもちろんアナリストの大変さとして少なからずあるのですが、それよりも「アナリストとしてどうチームに関わっていけるんだろう」という難しさを感じることが一番大変かなぁと思いますね。今シーズン、チームにもう一人アナリストが増え、そういう形でマンパワーを増やしていったりとか、ソフトウェアの導入などで作業量を減らしていく方法はいくらでもあると思うんですけど、そもそもチームとしてアナリストの仕事や役割が必要とされる土壌づくりというのは、とても難しいことだと思います。どうやったら自分の情報が試合に関わっていけるようになるのか。そういうことを考えるのは、とても難しいですね。

正直、良くも悪くもデータ以前の問題で決まる試合もあるとは思っていて、だからといって自らの業務を捨てるのではなく、、その中でも出来ることを見つけられる人が優秀なアナリストになれるのではないかと思います。それは僕自身に対する壁でもありますし、僕が超えていきたい挑戦なのかなと思いますね。

 

担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?

バレーボールだと「データバレー」というソフトウェアが一番主流で、ほとんどのチームが使っています。最近は他の企業からも機能としては同じようなものですが、違うツールも出始めていますね。それからビデオに関しても、バレーボールはカメラを振らなくてもコート全体を撮影することができるくらいのコートサイズなので、ラグビーのようにカメラを振ったりしなければいけないというのはなく、基本コートの短い辺の後ろ側、エンド方向から撮ることが多いのですが、チームによっては長い辺のサイドから、いつもテレビで見るような画角に近いところからもビデオを撮ることが増えてきた気がします。

また、加速度計のようなセンサーを選手が身体につけて、ジャンプ回数とか、どちらかというとメディカルやストレングスに関わるような数値、データも取っているチームが増えてきています。そのデータを扱うのがアナリストなのか?ストレングスコーチなのか?というのが、まだまだバレーボールでは定まりきっていません。アナリストが関わっているチームはまだないからこそ、そういう領域にも踏み込んで行ったら面白味が出るんじゃないかなぁとは思いますね。

選手交代のタイミングなどにしても、サッカーやバスケでは、スプリント回数がどれくらい落ちてきているから交代させようとか、そういうことが当たり前に出てくると思いますし、そういうこともアナリストが統括的に見て、判断を下すサポートが出来るという未来も面白いなと思います。

 

領域を差別化すべきことには線を引き、区切るべきではない部分は手広くやる

自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?

これ難しいですよね。(笑)

僕自身、今やっている仕事がアナリストなのかというと、それが少し難しくなってきているところはあって。選手の戦略・戦術以外の部分で、例えばモチベーションを上げるようなミーティングをすることもありますし、そういうことも考えていくと、少なくとも「競技者もしくは競技者を支えるスタッフに対して、分析的なサポートが出来る人」だとは思っています。アナリストの中にはもちろん統計が強い人もいますし、逆に映像解析とか動作分析に優れている人もいます。どちらかというとストレングス寄りのアナリストももちろんいると思います。スポーツサイエンティストと名乗る人も出てきている時代なので、領域の差別化をすべきところはしっかりと線を引いて専門家に任せて、逆に区切るべきでないところは手広くやっていく必要が今後はあるのかなと思います。

バレーボールではアナリストが戦術を決める側面も強いので、他のスポーツだとコーチやヘッドコーチにしか出来ない領域もバレーボールではアナリストが担うことも多いと思います。なので、バレーボールにおけるアナリストって本当に色んな仕事をしてるなぁと思いますね。

 

自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?

そうですね。個人競技の中でもレース型の競技に興味があります。動作解析とかサイエンスに寄っていくんですかね。バレーボールはチームに選手が20人くらいいるのですが、その20人を満遍なく、当然一人一人を見るような分析もしますし、チーム全体を見るような分析もします。個人競技のアナリストの場合、恐らく対象となる選手のことをまず最優先に見ると思います。それプラス対戦型の競技だと他の選手の傾向、例えば卓球であれば相手の選手の分析をすると思うのですが、競泳や陸上などのレース型競技のアナリストってその選手により集中できると思うんです。それって凄く分析の質が高まりそうだなと。

バレーボールの場合はチームを見なければいけないですし、チームの一人一人も見なきゃいけない。チームの中でセッターもリベロもアウトサイドヒッターも見なければいけない。ひとつに「ガッ」と出来ていないのですが、個人競技でその選手が速くなるためにどうすればいいかというところに全力を注ぎ込めるというのは、面白そうだなと思いますね。

逆にバレーボールのアナリストをやっていて面白いと思うのは、色んなチームの戦術を見ることが出来ることではあると思うんです。どちらかというとファン目線に近いというか、「このチームはこういう特徴があるんだな」とか、「このチームはこの選手がいなくなって来年こうなりそうだな」、「去年この選手が入ったから今年はこうなるんだろうな」というのを毎年追えるのは、ひとつ仕事以上に楽しいことではあるので、チームスポーツからは離れられないのかなっていう気もしてきました(笑)。選手に近い立場というよりは、競技全体を俯瞰してやる仕事の方が面白そうだなぁという気はしますね。リーグのトレンドを追っかけるような。

 

アナリストになっていなければ、何をしていた?

実は大学卒業後にスポーツに関わるとは1ミリも思っていなかったんです。本当に縁あってこのチームに誘われて入ることになりましたが、そうでなければVリーグのアナリストはやっていなかったと思います。現にこのチームに入る前に一般企業への就活を始めていて、就活の結果が出るまで待っていただいたという経緯もありました。やっぱり東大っていうこともあって「なんでアナリストになったの?」と、よく聞かれますね。なんでなのかはちょっと自分でもわからないですけど。(笑)

スポーツに関わる仕事がしたかったというよりは、アナリストという職だったからここにいるのだと思います。表立って自分がプレーヤーになるというよりは、他の人たちが輝くための準備をする、サポートをしたい性分だったというのもありますね。違う業界に行っていたとしてもバリバリのメインプレーヤーというわけではなかったと思うんですよね。誰かの参謀だとかそういう立ち位置にはなりたいと思っていました。

コンサルタントのように意思決定をサポートする、課題に対して解決方法を提案したりするというのは、今の自分のアナリストとしての働き方に近いかなと思っています。ただ、就活のときも文系就職でメーカーの営業だったりとか、手堅いところを受けていたので、アナリストをやっていなければ今頃、なんだかんだ手堅くサラリーマンしてたんじゃないですかね。(笑)

 

今後の目標、夢は何?

正直、アナリストから監督とか、バレー界に関わり続けて地位をあげていくということはそれほど考えていなくて、いま自分が成長するために必要なものを、このアナリストという仕事で学ばせてもらっているという意識の方が強い気がします。アナリストに関連してやりたいことでいうと、次世代のアナリストがもっと自由に活躍できるような環境を整えてあげるということはしっかりやっていきたいと思っています。実際に今も学生アナリストに刺激を与えるため、異業種とか他競技のアナリストの方々と座談会を少しずつ行ったりしています。僕が学生時代に先輩アナリストから教えていただいたことがたくさんあるので、僕も同じ立場になって還元していきたいと思っています。

それこそ渡辺さん(JSAA代表理事)のようにバレーボール界でのアナリストという立場、地位を高めてくれる方がいたから、今の自分のようなポジションがあると思っています。ただ僕らもそこに甘え過ぎてはいけないなと思います。先輩方がこれまで道を切り開いてくれて、今も道をきれいにしてくれている。僕らが歩きやすいようにしてくれているところをいつまでも甘えているのではなくて、僕らはもっと後輩のために道を大きくしたりとか、もっときれいにしたりする仕事をしていかなきゃいけないっていう使命感というか、目標はありますね。

 

人に興味を持つことは大事な資質。削ぐという行為こそがアナリストの本質。

オンラインにてインタビューを受けて下さった藤原稜氏

アナリストに必要な資質は?

人に興味を持つというのは大事な資質だと思います。第一線のアスリートって「俺が!」っていうのがないとダメってよく言うじゃないですか。逆にアナリストって「俺が!」っていうのが強すぎると上手くいかない。もちろんそういうタイプの人もいていいと思いますけど、それよりもっと「隣にいる人が輝くためにはどうしたらいいのか」というのを観察して、興味を持って関わっていくという素質は必要かなと思いますね。脇役になることを厭わないというか、自分が輝かないと気が済まない、ではなくて、隣の人が輝く手伝いでいいって思えるかどうかは大事だと思いますね。

正直、僕自身、人に関心があるタイプではなかったのですが、だからこそ選手に対しても、人の話なんて聞かないだろうという前提で出発しているんです。僕みたいな、プレーヤーとしては大した成績も残していない人の話を聞いてもらうためには、余程のものを準備しなきゃいけないとか、聴きたくなるような話し方をしなきゃいけないとか。他の人が30分話さなければ伝わらないことを10分で話せるようになれば、その10分だけでも聞いてやろうと思ってもらえるかもしれない。そんなところから出発して、伝え方を工夫しなければいけないとやってきたのは事実ですね。

伝え方については、わかりやすいと言ってもらえることもありますが、特別な工夫をしたわけではなく、僕は僕なりに喋ろうと思って喋ったことがたまたま分かりやすかっただけなのかなとは思います。ただ、言わなくてもいいことは言わないようにしようと思っています。その場で言うべきことかどうかは常に考えています。ミーティングってどうしても、準備すればするほど話したくなる内容が増えると思うのですが、そこからいかに削っていけるかが重要だと思っています。リーグ中は毎週ミーティングをしてるのですが、その度に「話しすぎたな」、「あの話は要らなかったな」って思ってしまうので、それを削ぐ行為こそがアナリストの本質なんじゃないかと思いますね。本当に必要な情報だけを話す、伝える、聞いてもらうという感じですね。

 

どうしたらスポーツアナリストになれるのか?

バレーボールではアナリストをやっている人の9割9分が大学でアナリストを始めていて、逆に高校から始めている人はごく一部いますが、そんなにメジャーではないです。大学時代アナリストをやっていなかったという人も、今は僕が知っている限り少ないので、バレーボールのアナリストになりたいのであれば、バレーボールが強い大学のバレー部に入るのが一番の近道だとは思いますね。

僕も正直、関東三部という、アナリストがいて当たり前ではないところから来ているので、チームが必ずしも強くなければいけないわけではないと思いますが、僕がアナリストになれた最大の要因は、アナリストとして活躍していた方とつながりを持てたことで、自分の名前が少しでもバレーボール界に知ってもらえたこと。更にタイミングがうまく合って、僕が卒業するタイミングでアナリストを探しているチームがあったということだけだったので、現状は大学に入ってアナリストを始めるというのがスポーツアナリストになる近道です。

一方で、僕はそれではいけないなと思っています。それを変えていくことも僕らの仕事だと思っていて、最近他の競技では数学やデータサイエンスの専門知識がある人がスタッフとして参与していたり、映像解析のプロフェッショナルがスポーツ現場のアナリストに入っていくということもあります。そういった色々なキャリアパスを持っている人たちが入って来て、多様性が生まれることで、今までそのスポーツを分析する上で存在しなかった知見が生まれ、より競技力の向上や新しい分析技術の開発など、革新的な進化が起きると思います。そういう多様性が確保出来るような環境にしなければいけないなと、個人的には課題として思っています。

また、発信を続けるというのは一つ必要な要素になってくるだろうと思います。存在をアピールするというか。「これできますよ」というアピールは大事ですよね。よっぽど光るものがあれば、発信なんてしなくても誰かがその光を見つけてくれ、引っ張ってくれると思いますが、そうではないという自覚があるのであれば「ここで光ってます!」というのを発信していく必要はあると思います。強みを活かすというのは大事なことです。自分の強みがなんなのかをしっかりと考え、セルフプロモーションしていくこと。“あなたが必要としていることが出来ます”、もしくは、“私はこれを強みとして出来るんです”、というのを出していくことが必要だと思いますね。

(インタビュアー:小倉大地雄)

アナリストプロフィール

アナリスト

藤原 稜 氏

NECレッドロケッツ

高校卒業後に東京大学へ進学。大学ではそれまでプレーヤーとしてやってきたバレーボールのアナリストに挑戦する。学生時代にもVリーグ帯同や全日本の分析活動などで経験を積み、卒業後の2018年に古賀紗理那をはじめ日本代表選手を数多く輩出するNECレッドロケッツへ入団。2019-20シーズンにはVリーグ3位に貢献。2021-22シーズンは分析の力で優勝を目指す。東京2020オリンピックでも代表チームのサポートスタッフとして経験を積む。

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