第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第29回は2021年夏に行われた東京オリンピックでバスケットボール女子日本代表のアシスタントコーチを務め、2021年9月からヘッドコーチに就任した恩塚亨氏が登場。
キャリア初期からコーチ、アナリストの両輪で活動を行い、新たな道を切り拓いてきた恩塚氏の異色のキャリアパスウェイとその原動力に迫ります。
日本代表のスタッフになるためにビデオコーディネーターに
―2006年、新設された東京医療保健大学に企画書を携え、女子バスケットボール部の立ち上げを訴え、指導者の道を歩みだしたと聞きました。コーチとは別に、アナリストとして活動するようになったきっかけを教えてください。
学生時代から、コーチとしていろいろな挑戦をしたいと考えていたのですが、大学時代に優秀なプレイヤーだったわけでもないので、なかなか「コーチで挑戦」という道がなかったんですね。どうしようかと考えていたときに、バスケットボールの世界では、アナリストの分野がまだ未開だったということで、「ここなら自分でもいけるのかな」と思ったことが一番のきっかけです。
―東京医療保健大学の女子バスケットボール部のコーチに立候補したのと同時期に、女子日本代表にも自らを売り込んでビデオコーディネーターとしての職を得たとか?
そうですね。自分から売り込みました(笑)。友人が女子のユニバーシアード代表で、ビデオ撮影という役割で帯同していたというのを聞いて、「そういうのもあるんだ」と。ビデオ撮影ならできるのでやらせてくださいと直談判しました。
当時は、ビデオコーディネーターという役割すら代表にはなく、まずは試合を撮影することが私の役目でした。ビデオコーディネーターの力を最大限発揮するための方法については未知数という感じでした。
―そこからアナリストというポジションになっていくわけですが、ビデオ映像を活用してもらうために工夫したことは?
はじめのうちは、オフェンスとディフェンスに分けるとか、それくらいだったと思いますが、いろいろやりましたね。ビデオを繰り返し見て、自分なりに分析して、映像を編集して、「相手のセットプレーはこうでした」「オフェンスはこういう攻め方が特徴的でした」という相手チームの分析と、「自分たちが練習したこと、実際のプレーはこんな風に違いました」という自チーム分析は、すぐに映像で見られるように編集していました。
ただ、今思い返すとあれはチームの勝利のためというよりは「自分を認めてほしい」という承認欲求が大きかったんじゃないかと思います。
承認欲求を満たすためのデータは「うるさい片思い」
―認めてほしい!という思いが前面に出ていた?
そうです、そうです。承認欲求丸出しで出された情報ですから、受け取る側からしたら「うるさいな!」という感じだったんじゃないかなと思います(笑)。
情報や映像を活用してもらえるまでに、2年くらいかかりました。
いろいろ工夫して情報を出そうとするんですけど、出せば出すほど噛み合わなくなり、残念なことになってしまいました。私も意地になってしまい、「もっと的確で、タイムリーで、生きた情報を!」と意気込んでいるから、ますます空回りをしてしまう有様でした。
最終的に行き着いたのは「君の話が聞きたい」と思ってもらえる人間関係を築くことだと気が付いたんです。
それからは、おつかいを頼まれたら全力で走って買いに行くとか、荷物を運ぶのを率先して手伝うとか、チームの一員として、チームに貢献したいという気持ち、そのためには何でもしますという姿勢を見せることにしたんです。
少しでも、どんなことでもチームの勝利に貢献する。その上で私の得意分野はここですみたいな、そんな立ち位置になっていけるように工夫しました。結局、それが一番うまくいったポイントでした。
手応えを感じたW杯での勝利
―これまで、さまざまな舞台で日本代表をサポートしてきたと思いますが、アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
「初めてやりがいを感じた瞬間」という意味では、2010年のワールドカップ。相手チームのアルゼンチンのプレーを分析して、ベンチから「そこ行くよ」と声をかけまくれたんですね。アルゼンチンのチーム戦術の傾向を分析して、攻撃の入り口を先読みできた。
その声がけをもとに選手たちはいい守備の準備をしてくれて、ディフェンスから試合をつくることができた。試合後に選手たちから「ありがとう」と言ってもらえたことは鮮明に覚えていますし、一番うれしかったですね(2010年W杯を戦った女子日本代表は1次ラウンドグループD第2試合でアルゼンチンと対戦。58-59の接戦を制した)
―これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?
やっぱり受け入れてもらえないことですよね。やればやるほど、「なんかあいつ、勝手に一人でいろいろやってるみたいだね」みたいな……。これが続くと、こちらの精神も荒んでいって、さらに空気が悪くなるという悪循環で。
試合後に4時とか5時までかかって、徹夜でがんばって出したデータや映像が、“独りよがりの産物”になっていく感覚でした。
―バスケットボールは他の競技に比べて、映像やデータ、アナリティクスの部分が進んでいる印象があったのですが、当時はまだデータ活用という感じでもなかった?
やっぱり情報量が増えてしまうのを単純にストレスと感じてしまうというのもあったのかもしれません。今になってみると、何の実績もない若い私が、コンピューターを持っていろいろ言ってくるわけですから、いきなりすべてを受け入れてくれ! と押しつけるのは無理があったなと思います。
当時は若いということとコンピューターを使っていることがスポーツの世界ではやはり違和感があったんだろうなと思います。
相次ぐ大逆転!オリンピックでの大躍進に貢献した「準備力」
―パソコンのお話がでましたが、バスケットボールの分析に必要なツールやソフトウェアなどがあれば教えてください。
まずはパソコンですよね。Macを使い専用のソフトウェア『Hudl』を使います。分析をする際は、まず数字を見ます。
シュートの成功率、ターンオーバーの発生率、リバウンドの支配率などを見て、数字の根拠となる映像をピックアップして構造化して、その数字、結果の“トリガー”になっているプレーは何かというのを映像から探していくっていう手順ですね。
ポイントになるのは数じゃなくて割合です。たとえば、シュートがたくさん入っていたら、リバウンドは発生しませんよね。だから数ではなく、落ちたシュートからその後のボールの支配率、どっちが何パーセント取ってるかでリバウンドの支配率を見ます。
ーたとえば、銀メダルと大躍進を果たした東京2020オリンピックでも、ベルギー戦、フランス戦と大逆転劇がありました。アシスタントコーチとしてのご参加でしたが、データ分析面でメダルに貢献できたという実感はありますか?
それはありますね。対戦相手のセットプレー、攻めの傾向に対する準備は適切にできたんじゃないかなと思います。試合中も相手が意図することを読んで、先手を打ってそれを防ぐこともできていました。攻撃面では、相手が困っているところを見つけて、その攻撃を続けていく、相手がそこを改善してきたら、やり方を変えるというような「ゲーム中の適応力」についても、事前の分析によって支えられた情報で素早く意思決定できたんじゃないかと思います。
ただ、銀メダルという結果や、ベルギー、フランス戦の逆転、一番苦しいときのがんばりはやっぱり選手の精神力。メンタルの方が大きいかなと思います。
データ的にはシンプルに相手の一番強いところの手当を厚くしてということを伝えるんですけど、最後は分析やコーチングの領域を超えた選手の判断があっての結果だと思います。
意志決定と情報提供。アナリストとコーチの違い
―銀メダルという結果を出したトム・ホーバス体制を引き継ぎ、ヘッドコーチに就任した恩塚さんですが、ご自身をどうカテゴライズしているんですかね? コーチ? アナリスト? 恩塚さんの考える「スポーツアナリストの定義」について教えてください。
アナリストは、「コーチが戦略を立てるための基礎的情報を提供できる人」。
それが一流になると、チームに対するコンサルタント的な、意思決定のサポートまでできるようになってくる。
アナリストとコーチについては、使い分けをしています。
一番の違いは、立場ですね。意思決定者であり、その決定に全責任を負うのがヘッドコーチで、意志決定に使えるデータを提供するのがアナリスト。
やはりその点は大きく違うと思います。ただ自分がアナリストの時は、ヘッドコーチだったらどうするか? という視点で情報を集め、分析し、編集していましたね。
―スポーツアリストもただ数字やデータ、映像を提供するだけでなく、チームの勝利に対してコミットする、選手に対して「伝わるように伝える」という部分も必要になってくると思うのですが、その点はコーチとも重なる部分がありますよね?
私もぜひやってほしいなと思います。そういうことを委ねられるアナリストが増えていくことが大切だと思います。
さきほど、あえて「決める人かそうでないか」という言い方をしましたが、正直に言って、現場ではヘッドコーチが上でアナリストが下、その間にコーチがいるみたいな文化はあったんですね。今もあるのかもしれませんが、私も「君はコーチじゃないから」というような言われ方をされたこともありました。
でも、アナリストもチームの勝利のためにいかに新鮮で、意味があって、影響力のある情報を出せるかっていう点では、コーチと同じなんですね。そこは、上下とかではなく、選手に伝えられることがあれば伝えてほしい。
現在のバスケットボール女子日本代表はそういう組織を目指していて、コーチたちもアナリストに対して上下関係でなくチームの一員として接しています。
アシスタントコーチも私の顔色をうかがってないですし、アナリストも必要と思うことはどんどんチャレンジしてもらっています。
「原則」と「ワクワクするマインドセット」で、機能的にプレーするチームを
―少し話は変わりますが、もし他の競技のアナリストをするとしたらどの競技のアナリストをやってみたいですか?
サッカーはやってみたいですね。この間、岡田武史元日本代表監督とお話しさせていただいたんですけど、岡田さんはサッカーの世界での原則を持たせて、岡田メソッドというのを構築されている。私は、こういうときはこういうプレーをするという答えを、「原則」としてみんなに浸透させながら、それをやりたい気持ちになる「ワクワクするマインドセット」を加えられたら、選手が全員クリエイティブにエネルギッシュにプレーし続けられるんじゃないかなと思っているんです。
サッカーはあまり詳しくないですが、パッと試合を見ていると、ボールに関係のない選手は一見「働いていない」ように見えるじゃないですか? 11人の選手のすべての動きが、原則によって自然に統制されて、ボールを足で扱う不確実性の中でも機能的にゴールを目指せるような法則を導き出せたらすごくおもしろいだろうなと思っているんです。
原則、法則を元に、「ワクワクするマインドセット」でみんなが機能的にプレーするというのはまさに私がいまバスケットボールでやっていることでもあります。
―質問も残り少なくなってきました。もし指導者、アナリストじゃなかったらどんなことをしていましたか?
GM をやってみたいなと思っているんです。なぜかというと、コーチも含めたチーム全体が、最高の力を発揮するためにヘッドコーチがいて、さらにヘッドコーチも含めたチーム全体が機能的な集団になるためには、GMが必要だと思うんですね。
NBAのチームとか、アメリカの男子代表とかはそういう感じがあって、チームとして「目指すべき姿」あって、そこに向かってヘッドコーチも、コーチも選手も決まっていく。
これができれば、わがままなヘッドコーチに振り回されて現場が疲弊することもないですし、反対にヘッドコーチの力が弱くて選手から突き上げを食らうようなアンバランスなことは起きないのかなと思うんです。
「なりたい自分」に向かって、相互に貢献しあえるチームを社会のモデルに
―GMは十分実現可能な話なのかもしれませんが、今後の目標、夢について教えてください。
アナリストをやっていたとき、「僕なんて」「アナリストなんて」という、どちらかというというと卑屈な思いで活動をしていたんですね。だからこそ余計に不安で承認欲求が強くなって、空回りしちゃっていたんですけど、心が満たされていないとやっぱり不安って出てきてしまうんです。
目標、夢は、チームにいるスタッフ全員が、「なりたい自分」に向かって、こうなったらもっと良くなるという「ワクワクするマインド」と、私も成功したいし、あなたの成功にも貢献したいという、お互いを高め合っていくマインドを持ったチームをつくって、その輪を広げていくことですね。
そしてそのチームがモデルになって、それが社会の礎になっていく。そういう活動をしていきたいなと思っているんです。
とにかく「やらせる」のがスポーツのあり方という時代が長く続きました。もちろん厳しさには良い面もあったとは思いますが、スポーツをもっと生産的に、エネルギッシュにしていくためには、やっぱりお互いの信頼、尊重し合う心、そして「なりたい自分になる」ということがキーワードになっていくんじゃないかと思っています。
―金メダルではなく、バスケットボール、スポーツを通じて社会の礎を築いていくことが目標?
もちろん目標は金メダルなんですけど、金メダルを取る、最高のエネルギーが出てくるのは、今話したような考え方、チーム全体がそういう状態になったときだなと思うんです。
こういう組織になったときに初めて、最高のパフォーマンスが発揮できて、それができたチームが金メダルを取れると信じています。
―最後にこれからアナリストを目指す人たちにどうしたらいいスポーツアナリストになれるか? アナリストに必要な資質を教えてください。
誠実さですね。私がアナリストを採用する時にはそこを見ます。努力できる、嘘をつかない、それさえできればスキルなんて誰でもすぐ身に付きます。自分の努力が1%でもチームの勝利に貢献できる、していると信じられるような誠実さと素直さを持った人だったら絶対成功すると思います。
どうしたらスポーツアナリストになれるのかという質問に対しては、「自分が一番尊敬する人のもとに学びに行ってください」と答えます。その人に弟子入りじゃないですけど、近くで見て学ぶのが一番の近道じゃないかなと思います。
実は3日前に大学に進学する高校3年生が愛知からバスに乗って現れて、いきなり「弟子にしてください」っていってきたんです。「すごいな」と。そういう行動力がやっぱり人生を変えていくんだと思います。
(インタビュアー:大塚一樹)