Pick Up Analysts

2022.7.11

アナリストをやりながら、組織や業界の枠組みを変えるチャレンジがしたい

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第30回は、Wリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)のトヨタ紡織サンシャインラビッツでアナリストを務める福田有利子氏を紹介します。

福田氏は2016年からバスケットボール女子日本代表のアナリストを務め、一般企業を経て現職に至りました。異色のキャリアを歩む中で何を得たのか。変わらなかった信念や職業選択の軸、アナリストを取り巻く環境の変化などを語っていただきました。

運命を変えた、女子U16日本代表の合宿

アナリストになったきっかけを振り返る福田氏

―アナリストになったきっかけを教えてください。

兄の影響で小学生の頃は野球をやっていましたが、高学年になって自分はプロ野球選手になれないんだと知ってやめました。そこから球技の中でユニフォームが一番かっこよかったバスケットボールを選びました。ポジションはずっとガードです。

高校では試合にも出ていたし、環境さえ整えばプロバスケットボール選手になれるのではないかと思っていたんですけれど、進学した山形大学では3日で力の差を感じて挫折しました。身長が圧倒的に小さい(149cm)し、スキルも力もない。自分が生きる道を必死に探して出会ったのがスポーツ科学でした。

リカバリーやトレーニングの方法を考えたり、どうやったらバスケットボールのスキルを向上できるか。本を読んだり、地域に山形銀行という強い実業団があったので選手たちのパフォーマンスを見たり、実際にコーチに話を聞いてみたり。とにかくたくさん行動しました。その中で、バスケットボールはチームスポーツなので、1人の能力が高まってもチームとして結果が出るわけではない。コーチングが一番大事なのではないかと思い、筑波大学の大学院に進学しました。筑波大学では女子バスケットボール部のアシスタントコーチになり、その時にスポーツアナリティクスに出会ったのがきっかけです。

 

―そこから女子日本代表のアナリストになった経緯は?

アシスタントコーチをしていた時、コーチから対戦相手の情報を整理して持ってきてほしいと要望されることがよくありました。それがとても大変で、作業を効率化したいと先生に相談したら「スポーツコード」という分析ソフトが入ったPCを1台貸与していただきました。最初は分からないことばかりでしたから、「スポーツコード」を取り扱うフィットネスアポロ社の方や、勉強会を紹介していただいてそこで出会った人たちにも質問して使い方を覚えていきました。そこで女子U16日本代表の合宿に帯同しないか、と誘っていただき、スポーツアナリストという職業を知ることができました。

合宿に誘っていただいた方は前任の日本代表アナリストなのですが、実は退職することが決まっていました。それで誰かいないかということで、私を誘ってくれました。代表合宿は見極め期間だったそうです。私は知らなかったんですが笑。

当時大学院2年生の私はアナリストを職業にするということを考えていなかったので、「私で務まるのか」という思いがあり一度はお断りしました。ある大学のアシスタントコーチとして内定をいただいていたので、そちらを選ぶつもりだったんです。ですが、その大学のコーチから「チャンスがまた来るわけでもないし、そこで飛び込めるか飛び込めないかは大きな差になると思うよ」というアドバイスをいただきました。それでようやくアナリストの道に進もうと思いました。

日本代表には2016年の途中から加入して、リオデジャネイロオリンピックまではA代表のアナリストとして活動していました。翌年からもう一人アナリストが加入したのでその方にA代表をお任せし、私は2018年3月まで主にアンダーカテゴリーに帯同するアナリストとして活動しました。

アナリストのキャリアは転職時「有利に働いた」

アナリストを通じて培われた能力は転職時に有利に働いた

―その後スポーツから一度離れ、株式会社リクルートに転職されました。理由は?

以前、男子のリーグは2つ(JBLとbjリーグ)に分かれていました。それが1つ(Bリーグ)になった時にバスケットボール協会全体にも大きな影響がありました。それを経験して、 仕組みが変わることでこんなにも活気溢れる組織になるのだなと感じたんです。こんなふうに仕組みを変え、社会の中で影響力がある人になりたいと幼い頃から思っていましたし、自分がこのままアナリストを続けていてもそれは実現できないと思ったので辞めました。

 

―転職の際、ご自身がアナリストだったことは有利に働いたと思いますか。それとも不利だったと思いますか。

私の場合は有利に働いたと思います。「課題の設定の仕方」や「分析的に物事を見る視点」というのはアナリストを通じて培われた能力だと思います。あとはコミュニケーションの取り方、組織の中でどう振る舞うか。アナリストは潤滑油的な存在だと思うので、組織の中でうまく立ち回る力みたいなところは、大企業の中でも活かされるなと思いました。

 

―スポーツ界に居続けたら気付けなかったと思うこと、一般企業に就職して学んだことは何でしょうか?

「枠組みを多数持つ」ということですかね。スポーツだと分析のフレームワークはおおよそ決まっていて、自分がどうアレンジするかが勝負になります。一般社会に出ると 例えばヒト・モノ・カネの枠組みで物事を見たり、上流から下流までを大きな流れで分析してみたり。色々な枠組みで物事を捉えないと課題が抜け落ちてしまったり、本来見えているはずのものが見えなくなってしまうと思いました。そういうものは一般社会に転職して学ばせていただいたことだと思っています。本質が何かを考える力ですね。

トヨタ紡織ではアナリスト以外の業務にも活動の幅を広げている

―リクルートで3年半、人材系のコンサルティングセールスを務めた後、現在のトヨタ紡織サンシャインラビッツに転職されます。こちらの経緯も教えてください。

リクルートで学びたいことを完全に学べたとまでは言わないですが、一定のところまでは学び取れたかなと思っていて、ここから先の自分の成長感を考えた時に、リクルートの中で成長するか、それとも他の場所で成長するか。自分で手を動かして、意思決定も自分で行う。そんな場所で何か物事を動かす経験ができる場所に行きたいと思いました。かつ、スポーツ業界を変えられるような人になりたいという思いが固まっていった時期でもあったので、スポーツ業界を変えられるような立ち位置、業界を変えるキーパーソンになれるようなところに転職したいと考えていました。スポーツ業界はコンテンツホルダーが一番のボトルネックだと思っていたので、コンテンツホルダーのどこかに行けたらいいなとは思っていたものの、まさかアナリストで戻るとは思っていなかったです笑

 

―具体的にどんな転職活動をされたのでしょうか。

本当に偶然なんですが、トヨタ紡織のアソシエイトコーチをしている福島雅人さんからタイミング良くお電話をいただいたんです。元々山形銀行でコーチをされていて、私が大学生の時に練習などをご一緒させていただいた間柄ではあったものの、久しぶりに連絡が来たと思ったら「トヨタ紡織に来ないか。アナリストを探しているんだ」みたいな笑。

他にも転職活動をしていたので既に面談などが進んでいた企業もあったのですが、一度お話をさせていただきました。その中でアナリスト以外にもファンエンゲージメントを高めるような仕事であったり、プロモーションであったりと別のミッションも持たせていただけるのであればやります、と条件をすり合わせて現在の仕事を選びました。業務の内容は7:3でアナリストの方が多いのですが、社内外のプロモーションを含めたマーケティングの仕事と、渉外やリクルーティングといったサポート業務も行っています。

アナリストの活動があるからこそ、それ以外の活動でもやりがいを感じる

-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は? 1度目と現在で違いはありますか?

アナリストとしてのやりがいは変わらないです。「勝つための最善の準備ができて、それが結果に結びついた時」です。これ以上ない喜びですね。

私が昨シーズンチームに合流したのは開幕直前だったのですが、初戦は非常に大事だったので勝つための戦略・戦術をコーチとディスカッションしました。結果的に前のシーズンは全敗した相手に開幕節は2試合とも勝利することができました。選手やコーチの頑張りによるところが大きいのですが、そこに私も加わることができたというのは非常にうれしかったです。

 

―アナリスト以外にも仕事の幅を広げていますが、そちらでもやりがいを感じますか。

やりがいはこれから先に感じることが多数あるんだろうなと思ってやっています。ただ、チームの意識が少し変わってきたなと感じられた時は、やりがいを感じますね。

地域や社内の方々、全国のファンの皆様により多くの価値を提供していけるようなチームにならないとチームの存在意義を問われてしまうと思っているのですが、選手たちも少しずつそこを意識してくれています。SNSで発信をしたり、地域貢献活動にすんなりと協力してくれたり……本質的なところを理解してくれている感じがするのでうれしいです。

アナリスト以外の活動も、例えば私がスポーツの現場を知らずにマーケティングをやっていたら上滑りなことになっていたと思います。現場の本質的な課題を理解し認識できているからこそ、周りの人にそれが伝わっていないことに違和感があるし、伝えたいという思いが沸きます。アナリストの活動があるからこそ、それ以外の活動でもやりがいを感じることができていると思います。

 

―アナリストの仕事で一番大変なことは?

コーチと選手の感覚や経験値はものすごく大事なことだと思っています。 それを言語化したり、映像で表現することがものすごく大変です。表現するためには、コミュニケーションが重要ですね。

コーチは「こうやったら勝てる」という手法や、描きたいバスケット像がしっかりと決まっているものだと思っています。コーチの頭の中に描いていることを選手たちが表現できるように、コーチとのすり合わせは本当に細かくやっています。

例えば、コーチがあるプレーについて言及した際、前後の文脈や出場メンバーなどを総合的に考えて良し悪しを判断しています。なのでそこは丁寧にひも解いて伝える必要があります。バスケットから一時的に離れていたので、文脈や流れをどうやって数値や映像で表現して選手たちに理解してもらうのか。昨シーズンはそのノウハウを溜めるのに必死でした。

体育館内に4台のカメラを設置して分析を行っている

―分析に欠かせないツールや情報は?

「スポーツコードエリート」というツールを使用しています。シームレスに情報を共有できるので欠かせないです。あとは動画共有用に「ハドル」を使っていて、選手たちに情報を的確に、タイムラグなく伝えるのに役立っています。あとは「ハドルフォーカス」というカメラを体育館内に設置してもらいました。スマホでON/OFFは切り替えるんですが、人が撮影しなくていいのでとても助かります。カメラも自動追尾するものと左右1台ずつ、パノラマの計4台あるので映像を切り替えて様々な視点で観ることができます。

これらのツールが使えなかったらおそらく人を1人以上雇わないといけないぐらい困りますね。作業工数が倍以上になってしまいます。

「スポーツアナリスト」は“コーチのトランスレータ―”

福田氏は「事実を見せて、解釈をそろえること」がアナリストの役割だと語る

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?

今の役割で考えると“コーチのトランスレータ―(翻訳者)”というのが当てはまると思っています。コーチの描く勝利への道筋をできる限り、余すところなく選手たちに伝えることができる人、というのが今の私の立ち位置です。

選手にはコーチの考えが単純に伝わっていない場合と、伝わっているけれど解釈が間違っている場合の2パターンがあります。事実を見せて、解釈をそろえることでそれを解決するのが私たちの役目だと思っていますし、そういうズレはなくしていきたいと思っています。

 

−自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツですか?

まず私にとってスポーツアナリストは専門性あってのものなので、他競技のアナリストというのは想像しにくいのですが、やってみたいのは野球のアナリストです。バスケットボールのように要素が多くないので、予測性や確実性という観点でアナリストが統計学などの客観的なデータに基づいた存在になると思います。あとは競馬の予想とかもやってみたいです。

 

-トヨタ紡織からのお誘いがなく、アナリストになっていなければ何をしていたと思いますか?

アナリストはやっていないと思います。でも最終的にはスポーツに関わる仕事をやっていたと思います。プロセスは色々あると思っていますが、私の就職活動の軸は「社会に対して影響力のある人になる」というものです。以前は政治家になりたいと思ってましたし、スポーツ庁長官はすごくおもしろそうだなと思っていました笑。

アナリストを取り巻く環境は変わってきている

取り巻く環境の変化により、アナリストに求められる能力も変わるという

―今後の目標、夢は?

短期の目標、夢は「3年以内に今携わっているチームが優勝し、5年以内に企業スポーツそのものの価値を最大化すること」です。今いる組織や業界の枠組みを変えることにチャレンジしたいと考えています。

中長期的には、「スポーツ業界をアスリートやスポーツの仕事に関わる人たちが誇りを持って働けるような業界にすること」です。今誇りを持てていないというわけではないのですが、もう少し、1人でも多くそう思える人が増えるといいなと思っています。

 

―アナリストに必要な資質は?

まず必要なのは「主体性」と「課題設定力」。もうひとつは「分析の専門性」も必要なスキルだと思っています。これは以前アナリストをしていた頃から変わらないです。アナリストを取り巻く環境が変わらない限り、変わらないと思います。

ただし、アナリストを取り巻く環境は変わってきています。機械が情報収集できる時代が必ず来ると思うので、「情報収集」よりもより分析的に、正確に、そして客観的に答えを導き出す力がもっともっと必要になる時代が来ると思っています。

 

―どうしたら、スポーツアナリストになれると思いますか?

私の経験から言えることがあるとすれば「行動すること」だと思います。動いて発信することを続けていれば、その人に想いがあれば、周りの人が助けてくれます。

今はアナリストになりたい人が一定数以上に増えてきて、職業として確立されつつある中で、想いがあるのであれば発信すればいいし、そのためのツールもそろってきていますから。発信することが近道だと思います。

 

―アナリストになりたい人たちに、この仕事をおすすめしますか?

おすすめできるようにしていきたいです。業界が変われば雇用が生まれます。私が模索していた2015年は検索してもほぼ情報が出ませんでしたが、いまアナリストになりたい人は多いと感じますし、身近でもネットの中でもスポーツアナリストが認知されつつあると思います。

(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)

アナリストプロフィール

アナリスト

福田 有利子 氏

トヨタ紡織サンシャインラビッツ アナリスト

2016年に筑波大学大学院を卒業後、バスケットボール女子日本代表のアナリストに就任。その後、株式会社リクルートを経て2021年にトヨタ紡織サンシャインラビッツのアナリストに就任した。スポーツ業界の枠組みを変えられる人材となることを目指し、トヨタ紡織ではプロモーションやマーケティング業務にも携わっている。

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