Pick Up Analysts

2022.11.22

アルゴリズム思考と「人としての感情」がスポーツアナリストをアナリストたらしめる

第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第31回はヴィッセル神戸、ベガルタ仙台の分析担当スタッフ、横浜F・マリノスのテクニカルスタッフを歴任し、現在はフリーランスのプロサッカーアナリストとして活躍する杉崎健さんが登場します。

足でボールを扱うという「不確実性」から試合結果へのデータ分析反映が困難といわれてきたサッカー。FIFAワールドカップカタール2022が開幕直前ですが、高度化する戦術、選手個々の動きに実効性が求められるなかで、アナリストはどんな役割を果たしているのでしょう?

サッカーのデータ収集のアルバイトからJクラブのアナリストへ

−サッカークラブに分析担当、アナリストが在籍するという状態は、比較的最近になってからのことだと思います。杉崎さんがサッカーアナリストになったきっかけを教えてください。

大学在学中から、後に就職することになるデータスタジアムでサッカーのデータ入力集計のアルバイトをしていたんです。そこでサッカーとデータの関係性の面白さに気が付いて、データ収集から徐々に分析へ、データがサッカーをどう変えていくのか? というところに進んでいった感じです。

入社後は、当時のJクラブへのデータ提供をするなかで、各クラブの監督、コーチ、スタッフの方とやりとりするようになり、徐々に現場に近いところへ。2013年の秋くらいにヴィッセル神戸さんからお話をいただいて、2014シーズンからヴィッセル神戸の分析担当としてクラブに入ることになりました。

 

−アルバイトとして、サッカーのデータを扱う仕事を選んだのはなぜだったんですか?

高校まではサッカーをやっていたんですが、プロを目指すほどじゃないプレーレベルだったので、大学ではフットサルサークルに入ったんですね。そのときの先輩がいまはもうなくなっちゃったんですけど、J’s GOAL(※Jリーグが運営する公認ファンサイト。現在はサービス提供終了)に掲出されていた求人広告を見つけて、「お前こういうの好きだろ?」って。データがどうこうというのはあまり考えていませんでしたが、サッカーを戦術的に見たり、分析したりするのは好きでした。

勝っても、負けても。現場の結果に直結することすべてがやりがいに

−サッカーアナリストの役割を紐解いていこうと思っているのですが、アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間はどんなときでしょう?

アナリストの役割としては、自分が任された領域でチームをサポートするのが基本です。ここは一般の方にも想像できる部分だと思いますが、自分の提案がチームに還元されて、チームの勝利に結びついたとき。

勝利とか優勝とかってものすごく分かりやすい「結果」だと思うんですけど、今回聞かれて、アナリストの仕事としてのやりがいを改めて考えてみると、自分の提案なり分析が勝利に結びつかなかったときでも、やりがいってやっぱりあるんですよね。勝てなかった時も勝てない理由、何かしら足りなかったことがあるわけです。勝てたからいいとか、負けたからダメということではなくて、チームの勝利のためにやっていることすべてがやりがいだと感じています。

ものすごくコアな回答をするのであれば、選手にほとんど人が気がつかないような細かいディテールを伝えて、それが実際にゲームのなかで出現し、選手自身も「これだ!」となって対処できたとき。

例えばですけど、サイドバックの選手に対して、マッチアップする相手のサイドの特徴、攻守のメカニズムについて伝えていて、それがその通りピッチに現れて、そのサイドからチャンスをつくった、ピンチから守ることができたみたいな局面ですね。そういうシチュエーションでは選手からも手応えを伝えられることもありますし、フィードバックがあります。間違いなくやりがいを感じる瞬間ですね。

水曜開催の悪夢。データを分析して終わりではないアナリストの仕事

−勝っても負けてもやりがいがあるというのは面白いですね。アナリストのお仕事で一番大変なことはどんなことでしょう?

私の場合はJリーグのクラブの分析担当ということになりますが、クラブに所属する担当しているアナリストにとっては、まずは日程! でしょうね(笑)。野球のように毎日試合が続く競技もありますが、サッカーもシーズン中は1週間に2試合を戦うこともあります。

土日のどちらかに試合があって、水曜にも試合があり、また土曜がやってくる。中2日くらいで試合があるときは、正直にいって、言葉は最悪かもしれませんが”殺人的”です。

リーグ戦とカップ戦で交互に開催の場合は、相手も自チームもメンバーが大幅に入れ替わる可能性があるので、見ておかなければいけない、想定しなければいけない選手や攻守の特徴の幅が大幅に広がります。普段なら1週間かけてやることを2日でやらなければいけないので、それこそ寝る間を惜しんでということはあります。

Jリーグでは4月に月に3回くらい中2日というタイミングがあったりして、そのときはいかに効率よく仕事をするか、一つつまずくと間に合わなくなると、心の方が大変でした。

 

−サッカーアナリストが何をしているのか? 実際のところはなかなか知る機会がないのが現状です。クラブ所属時の動きや、分析に欠かせないツールなどを教えてください。

アナリストといってもチームによって色々な役割があるので自分の体験談になりますが、みなさんが真っ先に思い浮かべるであろう、「次の試合の対戦相手を分析する」というタスクだけなら実はそんなに大変じゃないんですね。過去の試合を改めて確認したり、『スポーツコード』というソフトウェアを使ってプレーをタグ付けし、統計データを出したり、プレーの映像を検索しやすくしたりというところです。

対戦相手の特徴と自チームがこのチームと戦ったときにどんな現象が起こり得るかのシミュレーションもしますし、想定外をつぶしていく作業も当然あります。

分析作業はまぁアナリストならみんなやっていることだと思いますが、分析をしたものをまとめて、監督、コーチ、スタッフ、そして選手たちに伝える、伝達の部分がもしかしたら意外に知られていない、アナリストの仕事かもしれません。

勝ちにつながるデータや映像、対策方法を導き出しても、現場でそれが生かされなければ意味がありません。分析作業でなく、誰にどのタイミングでそのことを伝えるか、普段からのコミュニケーションで共通の理解を深めていくか、これがとても重要だと思っています。

選手を例にとると、基本的には午前中に練習をして午後は治療やリカバリーというかたちですが、すべての選手がずっとグラウンドやクラブハウスにいるわけではないんですね。もちろん監督、チームの方針があった上で、選手に伝えたいことがある場合、どんなシチュエーションで、どのタイミングで伝えるかということもとても大切な部分です。

-スポーツコードの話が出ましたが、サッカーの分析ツールも多様化が進み、自動化、省力化も進んでいますね。

ツールが発達したのはいいことですよね。ただ、Jクラブでも、ヨーロッパのトップクラブでも、アマチュアのクラブでもジュニアのチームでも、選手個人の分析でも重要なのはやっぱり映像だと思っています。

私のキャリアの最初の方は、ツールの映像編集機能がそこまで充実しておらず、Adobe社のPremiere ProやAppleのFinal Cut Proなどいわゆるサッカー専用ではない映像編集ソフトを使ってやりくりしていました。タグやタイムラインと連動していて、プレーのクリップが容易で、クラウドサーバーを介しての共有も簡単なソフトが増えていて、映像の伝達に関しては本当に負担が減りました。受け取る側も、スマホを持っているという点でハードルが下がりました。技術が進化して方法は変わっても、サッカーにおける映像、アナリストにとって映像編集ツールの重要性は変わらないことかなと思います。

「見て、まとめて、伝える」の先にある、人としての感情

−みなさんに聞いているのですが、杉崎さんにとって「スポーツアナリスト」の定義は? サッカーアナリストとスポーツアナリストって違ったりしますか?

他競技のアナリストの方との交流もありますが基本は変わらないと思います。

アナリストの定義については辞書的な意味で、複雑なものをいかに分かりやすく分解して、処理できるか。それができる人はレベルは置いておくとしてスポーツアナリストを名乗れるんじゃないかと思います。ただやはりそれだけじゃなくて、スポーツである以上、その競技を理解し、特性をつかんだ上で有効な、勝利につながる分析ができることも求められてきます。次にはやはり理解するだけでもダメで、スポーツにおける複雑な部分をどう見て、どうまとめて、どう伝えるか。「見て、まとめて、伝える」という能力が求められるのではないかと思います。

もう一つあるとすれば、「人としての感情」をどれだけ持てるかということですね。

 

−アナリストというと、データや数字を扱う仕事です。感情は遠いように感じますが。

アナリストとしての資質にはやっぱり感情をしっかり持ってる人が挙げられると思います。「見て、まとめて、伝える」の伝える場面においては、伝わるようにするためにデータや分析を伝えるシチュエーションやタイミングを見計らったり、伝達場面で話に抑揚をつけたり、表情を変えたり、身近な話に落とし込んだりする必要があります。

監督でも選手でも、伝えるのはあくまでも人間ですよね。感情を持った人間に伝えるためにはアナリストも機械的ではなく人として感情を持って伝えた方が絶対いい。

アナリストを目指す人は意外に思うかもしれませんが、「アナリストになるには?」

みたいな相談を受けた際は「人として感情を持って伝えること」の重要性は必ず伝えています。

 

−ちょっと毛色の違う質問を続けて。もし他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツでしょう? また、アナリストになっていなければ何をしていたと思いますか?

サッカーじゃなければというところでいえば、バスケットボールですかね。フットサルの分析は行っているのですが、バスケットボールはフットサルに近いですし、狭いコートサイズ、ショットクロックなどの時間制限の中で行われる攻防をどう分析するのかには興味があります。

アナリストになっていなければ……。大学時代はプログラミングのコードやアルゴリズムを勉強していたので、SEとかエンジニアになっていたんじゃないんですかね? プログラム言語だけではなく、アルゴリズムに対する理解はアナリストになったいまも生きていますね。目標に対してどうアプローチするかとか、どんな方法論を用いるかとかスケジュールの立て方、みんなアルゴリズム的な発想で考えているところはあると思います。

日本代表がワールドカップを優勝するその日をアナリストとして……

−現在はフリーランスのプロサッカーアナリストとして活動されていますが、今後の目標、夢について教えてください。

間もなく初戦を迎えますが、やっぱり日本代表がワールドカップで優勝すること。それも「優勝してほしい」と応援したり祈ったりするんじゃなくて、自分が関わってそれを達成したいという思いがあります。

アナリティクスの分野でいうと、ヨーロッパはもちろん、分析に無頓着と思われていたブラジルやアルゼンチンの南米勢とも日本は結構な差をつけられていると思います。

その大きな差を生んでいるのは、まずは量の差。アナリストを増やして集団化し、量と質を上げていくことで、日本代表に還元すること、その中で日本代表とアナリストとして関わっていきたいというのが、割と明確な自分の目標です。

これは個人では絶対に叶えられないことだと思っているので、クラウドファウンディングの形でオンラインサロン、プロサッカーアナリストによるコミュニティをつくって活動しています。アナリストを養成する場やサッカーの見方等を学ぶ場として機能させていきたいと思っていますので、興味がある方はこちらへのご参加もぜひ。

杉崎氏の主宰するオンラインサロン『CiP』はこちら

 

-最後の質問です。これを見ている若者、未来の同志になるかもしれませんが、スポーツアナリストになるためにはどんなことをしたらいいと思いますか?

アナリスト育成についてはすでに動き始めていて、色々感じることはあります。まずスポーツアナリストである以上、担当する競技の数は見るべきです。試合を見ようというのは当然あります。その中で、自分なりの見方、解説者やネットで溢れている「誰かの見方」ではなくて自分だけの基準や見方を鍛えていくことですね。誰かの見方を参考にしたり取り入れることから始めるのは良いのですが、実際にスポーツアナリストになってしまえば自分が見たもの、自分が分析したもので勝負することになります。

アナリストになりたいです! という人が増えてきていて、それはとてもうれしいことなのですが、「じゃあ、何か自分で分析したもの持ってきてよ」というと、本当に見せてくれる人はほとんどいません。先ほどの、「人としての感情」の話ではないですが、スポーツアナリストになれるかどうかのところは、インプットだけでなくアウトプット、外に向けて自分をいかに出していくかというアグレッシブさも重要になると思います。

(インタビュアー:大塚一樹)

アナリストプロフィール

アナリスト

杉崎 健 氏

プロサッカーアナリスト

日本大学卒業後、データスタジアム株式会社に入社し、サッカーのデータ分析やソフトウェア開発に携わる。2014年にヴィッセル神戸の分析担当としてクラブ入りし、2016年にはベガルタ仙台の分析担当に就任。2017年から2020年まで横浜F・マリノスのテクニカルスタッフを務め、2019年にはビデオアナリストとして同クラブの15年ぶりのJリーグ制覇に貢献した。2021年よりアナリストとして培った知識や技術を日本サッカーに還元するため、フリーで活動を開始。2021年12月16日株式会社KSAPの代表取締役に就任。

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