第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第32回は、15人制ラグビー日本代表でアナリストを務める浜野俊平氏を紹介します。
浜野氏は日本代表が史上初のベスト8進出を果たした2019年のワールドカップ(W杯)日本大会でアナリストを務め、9月にはW杯フランス大会を控えています。クラブチームのアナリストとは異なる、代表チームならではのやりがいや課題を語っていただきました。
スポーツの魅力を感じた「非日常」がもたらす感動
―アナリストになったきっかけを教えてください。
高校からラグビーを始めて、大学進学後もラグビー部に入りました。大学ではコーチの方がスポーツコードという分析ソフトを使っていて、色々な活動をしていく中で触る機会がありました。スポーツコードはなんでもできるツールなので、色々な使い方ができます。それを学んでいきたいなというところで、大学の方から当時15人制男子日本代表のアナリストをされていた中島正太さん(現7人制アナリスト)を紹介していただきました。
大学時代に学生コーチのような活動もしていたので、中島さんにインターンなど学ぶ機会があればなんでも参加したいですというようなお話をしたところ、当時の7人制男子日本代表で動画を撮影し、映像を分析してくれるような人を探しているということでしたので、それに参加したのが始まりです。
最初は合宿に行って手伝う程度でしたが私が大学4年生の時、2015年のアジアシリーズで本来、帯同されるはずだった方がご病気をされて行けないということだったので、そこから本格的に携わるようになりました。そして15年のW杯イングランド大会終了後に中島さんが7人制のアナリストを務めるようになり、その段階で私がアシスタントのような役割を担うようになりました。私は7人制のアナリストとして16年のリオデジャネイロ五輪終了まで活動させていただき、9月にジェイミー・ジョセフHCが来日されてからは、15人制の日本代表アナリストとして活動しています。
―当時「スポーツアナリスト」という職業は魅力的に感じましたか。
当時はやっていることが楽しいから。言ってしまえば部活の延長のような感覚があったかもしれません。7人制の代表に携わらせていただくようになり、遠征などにも帯同するようになっていく中で優勝したり、五輪出場を決める現場に立ち会ったことでスポーツというもの、自分にとっては日常であるものが、ある人にとっては非日常であり、感動を与えるものであると感じるようになりました。スポーツアナリストというよりは、「スポーツっていいな」と。その中で映像やデータを用いてラグビーの様々な見方を学び、新しいことができる面白さを感じました。
代表アナリストの仕事とは?
-15人制日本代表のアナリストはどんな仕事をされているのでしょうか。
現在は3人体制です。と言いつつも、他の2人は所属チームの活動がないときに来てもらう形なので、代表活動がなくリーグ戦が行われるような期間は私1人です。役割分担はフォワード(FW)とバックス(BK)に分かれるので私がFW、もう1人がBKを担当しています。残る1人は両方のアシスタントのような役割です。
私はFWの担当なので、ジョセフHC、スクラムコーチの長谷川慎と接する機会が多いです。BK担当はニュージーランド人のアナリスト(アンドリュー・ワッツ)なので、色々なメッセージを日本人にどう伝わるのか、日本人にはこういう伝え方をしたほうがいいんじゃないかというようなコミュニケーションを取っています。あとは選手のリーダー陣のMTGにも入っています。
-浜野さんの語学力を教えてください。また、代表活動中とそれ以外など期間での仕事内容の違いを教えてください。
小学校まで親の仕事の都合でアメリカに住んでいたので、日本語以外だと英語が話せます。仕事内容について、まず代表活動中は常に練習があるので、朝からMTGや練習の準備をしています。試合が近づくにつれて、試合に対してのMTGも入ってくるイメージです。今の時期(取材は23年1月に実施)は選手が国内で試合をしているので、選手のモニタリングをするために映像を集めて、毎週選手のフィードバックを行い、パフォーマンスを確認しながら次のシーズンの準備を進めます。もう少し経つと海外の試合も始まりますので、国内と並行して分析していく感じになります。リーグ全体を見つつ、一番注目するのは個人のパフォーマンス。新しい選手を見つけたり、代表に入っている選手のパフォーマンスが現状はどうなのかをチェックしています。
(視察は)土日で行けるときは会場、行けない場合でも映像があるのでほとんどの試合を確認しています。なので土日はあっという間です笑。1日3~4試合は見ますね。
-アナリストになったことで浜野さんの「ラグビーの見方」はどう変わりましたか?
今まではその時々の現象を見るだけで、観客と一緒だったと思います。現在は日頃からデータを見ているのでより細かく、予測しながら試合を見るようになりました。チームの戦い方によって選手の役割も変わってくるので、僕ら(代表)にとってはボールを持ってプレーしてほしい選手でも所属チームに帰ればボールを持っていないところでもっと動いてほしいというように違うプレーを求められることもあります。チームの戦術を映像やデータを使いながらより深く、自分なりに分析しながら見ていくようになりました。
浜野氏が考える「良い準備」
-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
試合に勝った時というのが一番良い結果ですので、やりがいを感じる瞬間ではあります。準備してきたものが出るのが試合ですから。良い準備ができていて、選手たちが準備してきたプレーが出せると良い結果につながる。前回のW杯(19年の日本大会)のようにホームの中で、アイルランド戦であったりスコットランド戦のような、まさにそのために1年間準備してきたことが出せた試合というのは、準備してきた期間が長いだけにやりがいを感じた試合でした。
―「良い準備」ができているというのはどういう状態を指すのでしょうか。
チームとしては大枠の戦術があって、細分化していくとFWとBKでそれぞれの決まり事やタスクがあります。細かく見ていくと個人の単位で攻撃、守備でやらなければいけないことがある。近くのポジションの選手とどう連動しなければならないかというようなルールもある。戦術はどんどん細かく分解することができます。
その中で「良い準備」ができていると「15人が同じ絵を見ている」とよく言うのですが、15人が同じ動きができる、選手が入れ替わっても同じことができる。その中で各個人が必要なことに取り組めている、理解している。実際の試合になったときに対戦相手やスタジアム内で感じるプレッシャーの中でも表現できる。そして準備したものを出せると、プラスアルファで各選手の閃きや個性といった各個人の良さを出せる状態になっていきます。そういう状態が「良い準備」だと思いますね。
―アナリストの仕事で一番大変なことは?
一番大変だと思うのは、日本代表のアナリストという性質上、海外移動がどうしても発生してしまことですかね。あらゆる環境が国内とは違ってしまうんです。例えば、国内だけで活動していれば土曜に試合をしたら、翌日にはホームの、ベストな環境に戻って練習ができます。われわれの直近の例でいえば、ロンドンで試合をした後、翌日はフランスのトゥールーズで試合がありました。飛行機や荷物の関係で移動が深夜3時ぐらいだったので、どうしても寝ずに作業をする必要が出てきます。アナリストに限らず、代表活動に関わる人たち共通の課題なのかもしれませんが、移動しながら準備していくのが大変です。
選手は時差がある中で、リカバリーをしながら次の試合の準備をしていくのでさらに大変だと思いますね。対戦相手も海外の選手なので、情報量も日本であればお互いある程度は知っていますが、それもできないので、情報の入手や整理という面でも大変さがあると思います。アナリストに限った話ではないのですが、個人的にはそう感じます。
―分析に欠かせないツールや情報は?
映像に関しては「スポーツコード」です。Stats Perform社のデータを使いながら、映像と合わせて使っています。データの分析は「Power BI」を使ってデータ構築からアウトプットまで整理しています。簡単な表計算ではエクセルを使ったりもしますね。
情報でいうと、対戦相手が海外のチームなのでできるだけ「海外の記事」を読んでいます。ある試合がどういう位置づけの試合だったかは現地の記事をみないと分からない部分があります。チームの状態が良くなくて絶対に勝たなければいけない試合だったのか、チームの若手を試す機会だったのかなどによって試合の位置づけが変わってくるので。試合後の評価を見ても本当はこんな展開に持っていきたかったけれど、日本がこう来たからうまくできなかった、というような記事があったとします。基本的には自分たちがやりたかったラグビーができたのかどうかでレビューをしますけれど、対戦相手の情報を合わせると相手の狙いによってやりたいプレーができなかったのかが分かったりするので。現地の情報というのは大事にしています。
パソコンを持っていないアナリストがいてもいい
―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
僕が思うのは、色々なスポーツや役回りがあるという前提ですが、「常に何かを良くしようとしている人」がスポーツアナリストだと思います。何かを良くしようとする、というとボヤっとしていますが、何かを良くする場合、最終的な形や目標、文化を理解していないと良くすることはできないと思うんです。評価ができれば良くするために取り組むことができると思いますし、良くするということはどんなことなのか。そこにアマチュアやプロ、代表やクラブというカテゴリは関係ありませんし、その中で良くするということだけなのだと思います。
データ処理の速度を上げるために知識を得る、単純にスペックの高いカメラやソフトウェアを使うことも良くすること、だと思います。具体例を挙げれば競技によって変わるし、段階によっても異なる。僕が思う良いスポーツアナリストがどんな人物かと言われると、「日々良くしようとしている人」。そういう人はどんなスポーツやチームに行っても活動期間の中でどんどん良くしていく。自分の中で目標や計画を立ててどんどん良くしていくことができる人がいいのかなと。必要なことはそれぞれの状況で考えると思うので。人によってはパソコンを持っていないけれど、自分はスポーツアナリストだという人がいてもいいと思っていますし、逆にデータ屋さんみたいな人でも、理念があって良くしていける人はそう呼んでいいと思います。
―自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツですか?
他の競技を否定しているわけではないのですが、他競技のアナリストをすることはないと思います。単純にラグビーが一番面白いと思うので、他の競技でアナリストをしている自分をなかなか考えにくい。もしそういったありがたいお話をいただく機会があれば考えますけれど、まったく想像がつかないんです。それだけ私にとってラグビーを魅力的だということなのかなと思います。
―ではアナリストになっていなければ何をしていたと思いますか?
航空業界に興味がありました。アナリストになったきっかけのところでもお話しましたが、私は非日常な空間が好きなので、そういう業界や職種に魅力を感じます。
アナリストになるためには、一歩踏み出す勇気が必要
―今後の目標、夢は?
直近ではW杯もそうですがどんどん結果を出していくこと。あとは、私には必要とされる能力がまだまだあると思うんです。データ処理もそうですし、プレゼンもそう。スタッフとして働くうえでのコミュニケーション能力であるとか、フランス語ができたらもっと情報が得られるとか。すべてのものをレベルアップしていきたいです。他人と比べるものではないですけれど、それぞれの分野で優れた方々がいるので、その人たちに負けない能力を身に付けていきたいです。その他にも、まだまだ学生などにはアプローチができていないここ数年間ではあるので、中期的な視点ではラグビー界としてそういったシステム作りにもチャレンジできたらと思います。
―アナリストに必要な資質は?
一番大事なのは好奇心や探求心。面白いなと思って映像を見たり調べたり何でもやってみる。そこに興味がなかったら何も広がらないので。あとはすべての根本的な部分としてコミュニケーション能力がなければ何にもなれないと思います。逆にそれさえあれば何にでもなれる。仕事をする、何かを作っていくなかではそれが一番大切だと思います。
学生の方がこの記事を読んでくれたのだとしたら、めちゃくちゃ良い人になってくれれば、スキルは後でついてくると思います。コミュニケーション能力を持っている人は応援したくなりますし、一緒に働いても楽しいと思います。私もそういった能力を持った方に憧れますね。
―どうしたら、スポーツアナリストになれると思いますか?
私自身もそうでしたが、採用する側からするとインターンという形が安心・安全な方法になるんだと思います。なので積極的に手を挙げる。その窓口がなかなか見つからないのかもしれませんが、JSAAに関わる人たちとつながっておく、チームにメールを送ってみるとかでもいいと思います。一歩踏み出して、アナリストになるための道は正面玄関からはなかなか入れないかもしれないけれど、抜け道を探す。頑張ってドアをたたきにいく。まずは最初の一歩を、一歩といわず二歩三歩と踏み出していけばアナリストになれると思うので、そこが重要ではないでしょうか。
―アナリストになりたい人たちに、この仕事をおすすめしますか?
もちろんです。私が魅力に感じた「非日常」ということは、日常がないことになるんですけれど、自分がアナリストになりたいと思ったところから今も面白い、やりがいを感じるところは変わらない。先日のサッカーW杯もそうだったと思いますが、1つの試合、1つのゴールでこれだけ国が盛り上がるのはすごいことだと思います。そういうことを経験できるのがスポーツの文化だと思うので、本当におすすめしますし、スポーツが好きであれば最高な仕事だと思います。
(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)