
第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第36回は、パリオリンピックでハンドボール日本代表のアナリスト兼通訳を務めたトヨタ車体・髙橋豊樹氏を紹介します。
髙橋氏はリーグH(エイチ)のブレイヴキングス刈谷でアナリストを務めながら、日本代表のアナリストも兼務。日本の36年ぶりとなる自力でのオリンピック出場権獲得に貢献しました。
転機となったデンマーク留学

―まずはハンドボールを始めたきっかけを教えてください。
小学生の時は野球をやっていました。強豪チームに所属していましたが、中学に野球部がなく、同じ「投げる」競技だからやってみようかなという気持ちでハンドボールを始めました。中学では奈良県の選抜チームに入って全国3位、高校ではインターハイに出場を経験しました。大学は愛知の中京大学に進みましたが、選手としての競技レベルが高くなかったこともあり試合に出る機会が少なく、その頃から将来のキャリアを考え始めました。
―アナリストという仕事を意識し始めたのはいつ頃ですか?
学生時代は「アナリスト」という言葉すらなく、現場にいるのは監督やコーチ、トレーナーのみという時代でした。監督やコーチは、選手時代に無名だった人はいないので、当初は学校の教員になって地元で部活を通じてハンドボールに関わりたいと考えていました。ですが、探求心はすごくありましたし、自分の経験だけで教えることに不安を感じ、ハンドボールをより深く学びたいと考えるようになりました。それで大学4年生の時に、ハンドボールの強豪国であるデンマークへの留学を決意したのが大きな転換点です。
当時の大学の先生が日本ハンドボール協会の「情報科学委員会」に関わっていて、そのお手伝いを通じて分析の視点を知りました。私にとって分析は「コーチの仕事の一部」という捉え方で、コーチの仕事に含まれているから、それも勉強しないとね、みたいな感じです。デンマーク留学中もコーチングの勉強を主軸に、トップリーグの女子チームで分析の手伝いをしていました。
帰国後、ナショナルトレーニングセンターに勤めたのですが、そこでアンダーカテゴリのナショナルチームに関わるようになった際、チームから「分析もできるでしょう?」と役割を与えられたのが、明確にアナリストとして活動し始めたきっかけです。

―髙橋さんが考える「コーチ」と「アナリスト」の違いは何ですか?
一番の違いは「意思決定者であるかどうか」です。アナリストは、意思決定をする人が判断しやすいように、どれだけ簡素で明確なデータや映像を提供できるかが仕事です。対して、チームの方向性を示し、決断を下すのがコーチやヘッドコーチの役割です。ただし、アナリストにもコーチングの目線は必要だと思っています。戦術的な目線や解釈できる能力は不可欠であり、両者は密接につながっているけれど、役割は違うものだと考えています。

―その後のアナリストとしてのキャリアと現在のお仕事を教えてください。
私の場合はアナリストを目指していたわけではありませんが、アンダーカテゴリの活動をしているうちにハンドボール界の人たちから、そういう目線で見てもらえるようになりました。2017年にトヨタ車体に誘っていただき、25年までアナリストとして活動しました。日本代表のアナリストも2017年に半年ほど関わり、その後2021年の東京オリンピック後から24年のパリオリンピックまで兼務していました。

現在はトヨタ車体の「スポーツ統括部」に所属しています。トヨタ車体はハンドボール(ブレイヴキングス刈谷)とバレーボール(クインシーズ刈谷)のチームを運営している部署で、私はスポーツ施設の企画調整であったり、組織全体のデジタル化を推進するような業務に従事しています。
ハンドボール界のデータ活用事情

―アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
どんな形であれ、チームに貢献した時にやりがいを感じます。分かりやすいのはチームが勝った時ですね。コートで戦っている選手たちが一つの方向を向いていて、やるべきことが腹落ちした状態で気持ちよく戦っていて、それで勝てると見ていて気持ちいいです。中でも36年ぶりにアジアチャンピオンとなり、自力でオリンピック出場権を獲得した時は今までハンドボールに関わってきた中で味わったことのないような気持ちになったのをすごく覚えています。
―これまでのアナリストの仕事で、一番大変だったことは?
試合前の準備、情報収集です。特に国際大会の1試合目はデータがないので、それまでにどれぐらいのデータを集められるかがすごく大変です。クラブチームの場合は分析会社が提供してくれるデータがあります。おかげで分析に時間をかけることができますし、週に1回試合があるのでルーティン化できるしリズムをつかみやすい。日本代表の場合はアジア、特に中東の国々のデータはなかなかないので、情報収集して分析するのにかなり時間がかかります。
―担当種目の分析に欠かせない情報やツールは?
ハンドボール界では、アイスランドの「XPS network」社が提供しているツールが世界的に主流です。その会社がデータも提供してくれていて、ツールとして欠かせません。情報としては攻守とその切り替わりの4局面の戦術に加えて、ハンドボールでは特にゴールキーパーがデータを必要とします。各選手がどのコースに打ってくるのかという情報はあればあるほどいい。あとはオリンピック予選など特別な大会では審判も分析します。一流の審判はホイッスルの基準があまりブレないので、カードを出す傾向などを分析して選手に伝えたりしていました。
オリンピックの借りはオリンピックで

―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
アナリストの仕事に正解はないと思います。そういった「正解がない世界でしっかり形にしていこうと思って行動できる人」が、スポーツアナリストだと思います。スポーツアナリストに限らずですが、生きていく中で決められたことはあるかもしれないけれど正解はない。自分の置かれた立場を理解して、どういった正解を導き出していくか。そこでしっかり行動できる人がスポーツアナリストであり、人としてすごく大切なことだと思っています。
―自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
ハンドボールから少し離れ、この半年間で色々なスポーツを見にいきました。その中で一番面白かったのが、アメフトです。アメフトはセットプレーの連続で、ハンドボールにある攻撃から守備、守備から攻撃に切り替わる瞬間がありません。コーディネーターという役割があり、短い時間で状況を判断してカードをバンバン切り合う高度な戦術的駆け引きがすごく面白かった。日本代表をパリオリンピックに導いたダグル・シグルドソン監督(現クロアチア代表監督)はカードを切るタイミングがとても上手な監督でした。そいうった姿を見ていて、ボールゲームの駆け引きの要素に対してとても魅力を感じています。

―アナリストになっていなければ、何をしていた?
ハンドボールに出会っていない自分を想像するのは難しいですが、昔から教員にはすごく興味があったので、教員をやっていたんじゃないかと思います。人に何かを伝えたり、コミュニケーションを取ることが面白いと思っているので、何かしらのそういった方向の職に就いていたんじゃないでしょうか。

―今後の目標、夢は何?
ハンドボールに関わってきた中で目標の大部分を占めていたのが「オリンピックに出ること」でした。目標を達成したあとは喪失感というか、次の目標を見つけるのが大変でしたが、やはりあの舞台でしか借りを返せないのでいつかまたオリンピックの舞台に関わることを目標にしながら、自分の体験を次世代に伝える中で微力ながらではありますが社会に還元できればと考えています。

パリオリンピックで日本代表監督を務めたカルロス(・オルテガ/現FCバルセロナ監督)監督には自分のハンドボール感をいい意味で壊されたというか、今まで関わった指導者の方々とは違う視点を持っていました。カルロス監督はスペイン出身なので、彼のハンドボールをスペイン語で学びたいと思っています。他にもAIの活用など目まぐるしく変わっていく時代の中で、デジタル化に関わる業務も行っていますし、しっかりと勉強してスキルを身に付けておきたいですね。
「アイム・レディー」な状態はない
―アナリストに必要な資質は?
簡単に「できない」と言わないことです。ドラえもんの歌のように、「あんなこといいな。できたらいいな」と興味を持って調べたり、行動に移せることがすごく大事だと思っています。
―どうしたらスポーツアナリストになれるのか?
人生の中で「アイム・レディー(準備完了)」な状態は絶対にないと思います。例えば海外に留学したいと思ったとき、英語ができるようになったら、お金が貯まったら、環境が用意できたら・・・とできない理由を並べて行かない選択をする人がいます。でも思ったときにアクションしないとチャンスの順番は回ってこない。「アイム・レディー」な状態はないので、何かやりたいことがあるならやってしまった方がいい、アクションした方がいいです。