第一線で活躍しているスポーツアナリストに対して、自らの仕事への思いや考えを語ってもらう連載企画『Pick Up Analyst』。第25回は、慶應義塾大学の学生ながら女子ラグビーの横河武蔵野Artemi-Stars選手であり、ラグビートップリーグ・サントリーサンゴリアスでインターンとしてアナリストを務める久保光里氏を紹介します。
学生・選手・アナリストという“三刀流”の久保氏は2019年にJSAAが主催した「スポーツアナリスト養成キャンプ(アナキャン)」に参加、20年6月にはJSAA OPEN SEMINAR vol.11「スポーツアナリスト3.0」-世代ごとに変化するスポーツアナリストの役割と定義-にも登壇していただきました。
スポーツアナリストの存在を知ったのは“大学の授業”
―アナリストになったきっかけを教えてください。
1番最初に興味を持ったきっかけは、高校生の時に出場した女子ラグビーの全国大会でした。準決勝の対戦相手が強敵だったので、その時に帯同してくださっていたコーチが、相手の試合映像を撮ってくれました。それを見ながら相手がこういう戦い方をするから、私たちはこう戦おうみたいに簡単な分析をしてくれました。結果、その通りに戦ったら点差をつけて勝つことができたんです。当時の私は高校3年生で、将来どうラグビーに携わっていくか考えていた時期でもあったので、こんな職業に就きたいなーって興味を持ちました。
ただ、その時はアナリストという職業を知らなかったので、(ラグビーに携わるなら)指導者にならないといけないと思っていました。その後、大学の授業で「スポーツのデータサイエンス」という授業を履修し、スポーツアナリストという職業があることを知りました。その後、どうやってこの職業に就いたらいいのか模索する中で、JSAA主催のアナリスト養成セミナーなどに参加しました。その後、千葉さん(洋平/JSAA理事)にサントリーがアナリストのインターンを募集しているという話をいただいて、すぐに履歴書を送ったという流れです。
―「スポーツのデータサイエンス」という授業で印象に残っていることはありますか。
授業のゲストスピーカーにOGの太田奈々海さんがいらっしゃいました。その時に現役のスポーツアナリストの方と対面できたことは私にとって大きな刺激でした。太田さんはフェンシングのアナリストをされているので、フェンシングの競技歴はなくて、競技歴がない競技でもアナリストはできるし、むしろ競技歴がない競技の方がアナリストに向いていることもあるというようなお話をされていました。それを聞いて、アナリストは可能性のある職業なんだなと思ったことを一番覚えています。
※太田氏は『Pick Up Analyst』Vol.16で紹介しています。
―インターンではどんな仕事を経験しているのでしょうか。
今はアナリストをされている須藤惇さんと一緒に主に映像の撮影をやっています。映像をパッケージにして、選手に共有するような仕事もやらせていただいています。空いている時間には相手のスカウティングや自チームの分析なども学ばせていただいています。あとはミーティング用の映像を流す仕事も任せていただきました。須藤さんは「やってみな」とチャレンジさせてくれるので、初めての現場ですけれどすごく色々な経験をさせていただいています。
※須藤氏は『Pick Up Analyst』Vol.19で紹介しています。
インターンで感じたやりがい、変わったこと
-アナリストとして一番やりがいを感じる瞬間は?
日常の色々な瞬間にやりがいが溢れています。練習の合間に自分の撮った映像を見ながら選手が議論をしているのを見ると撮影してよかったな、次も頑張ろうと思います。一番うれしかったのは、昨シーズンの試合に何度か帯同させていただいたのですが、試合後にロッカールームで片付けをしていたら選手の1人1人から「ありがとう」と握手をしていただきました。その時に「一緒に戦っているんだな」とすごく感じましたし、選手のために頑張りたいなとすごく思いましたね。
私としては、勝利できたことは選手たちの努力の結晶だと思っていました。でも、実際に勝利した選手たちからスタッフへの感謝をすごく感じることができて、「自分も一緒に戦っていると思っていいんだな」と。私が撮っている映像やデータが選手のパフォーマンスにつながっているんだなと思えましたね。
―アナリストの仕事で一番大変なことは?
私にとってはすべてが大変で、最初は分からないことだらけでした。パソコンも苦手で、ExcelやKeynoteの使い方も全然分からなくて。時間が経って、それなりにこなすことはできていますけどね。
今、大変だなと思う点は自分が抽出したデータをどう選手に分かりやすく共有するか。そこをすごく考えています。その後の選手の動きをどう後押しするのか。何が必要で何が要らないのかは状況によって変わります。例えば、大会中に中3日で試合があるのにすべての情報を選手に見せたとして、次の試合の改善につながるわけではないですから。状況を考えて、短期では情報を絞り、いますぐ変えられることに関するデータを出さなければならない。逆に、次の試合まで期間が空くのであれば細かくデータを出して、1週目はこれ、2週目はこれ、というようなプランを考える。状況判断は難しいですね。
―分析に欠かせないツールや情報は?
まずは映像が重要です。極論を言ってしまうと、映像さえあればそれなりの分析はできると思います。それ以外のツールはそれをよりよくするためのものなのかなと。同じ局面の映像でも、ワイドな映像とタイトな映像を同時に見ることが多いです。ボールのあるところだけ見ていても分析にならないので、映像は何種類も必要ですね。場面を様々な視点で見ることが欠かせないかなと。
欠かせない情報は、チームがどういうラグビーをしたいのかという「方針」や「仮定」でしょうか。疑問や仮定をもらってから分析をすると明確な目的がある。目的がないまま、ただパスやタックルの回数を出してもなんの分析にもならない。どういうものを目指したいのかが分かれば、そのためには・・・という感じで絶対条件のようなものが出てきます。そういう道しるべがあるとより良い分析になると思います。
―選手としても現役でプレーされていますが、アナリストの活動を始めたことでラグビーの観方や自身のプレーは変わった?
すごく変わりました。選手だけをやっているときは自分と同じポジションの選手に注目して分析しながらみていたんですけれど、その対象が全体に広がった感じがします。試合全体を分析する目線で見るようになりました。
プレーに関して、私のポジションはウイングという一番外側にいることが多いポジションなのですが、状況によって深い位置から走り込むべき場面もあれば、フラットな位置にいてボールをもらわないといけません。そういう“勘どころ”が自分の中で分かるようになりました。アナリストとしての活動を始める前より、頭を使ってプレーをすることが増えましたね。元々直観でプレーすることが多くて、それはそれで大事なことだと思います。でも考えてなさすぎる部分が多かったので、その辺りが変わったと思います。感覚の部分も残しつつ、頭を使ったプレーもできるようになってきたという感じでしょうか。アナリストの活動は自分の選手キャリアにとっても確実にプラスになっていると思います。
根底に必要なのは競技への愛、勝ちにこだわる熱い気持ち
―自身が考える「スポーツアナリスト」の定義は?
まだ自分自身がアナリストとして未熟で、アナリストって何なんだろうと考えることが多い状況なのですが、根底に必要なのは競技への愛や、選手と同じ立場に立って勝ちにこだわる熱い気持ちです。それは私のような駆け出しの人間でも持てるものですし、私が数年後、ベテランのアナリストになっていたとしても持ち続けていたいです。
−自分が他競技のアナリストをするとしたら、どんなスポーツか?
最近では様々な競技にアナリストが存在するようになっているので、まだアナリストがいない競技をやってみたいです。私は総合格闘技が好きなので、総合格闘技にアナリストがいたら面白いと思いますね。対戦相手のデータを用いて、何ラウンド目に勝負を仕掛けようとか、寝技で勝負するべきなのか立ち技で勝負を決めるのか。そういうのを選手と一緒に考えたい。格闘技って「根性」みないなイメージが強いかもしれないですが、極限に追い込まれたときは自分のクセが出やすいと思いますし、そこにデータを持ち込めると面白いんじゃないかと思います。
-アナリストになっていなければ、何をしていたか?
アナリストという職業がなかったら、もう少し選手としてキャリアを積みたいと思っていた気がします。あとは文章を書くのが好きなので、スポーツライターや新聞記者の道にいきたいと思っていたのではないかと。女子ラグビーはメディア露出が少ないので、女子ラグビーを盛り上げたい。女子の選手を私が書いて、世の中に広まるようなことがあったらいいなと思ってました。
必要な資質は「即行動ができるかどうか」
―今後の夢、目標は?
今は競技者としてラグビーに関わっていますが、大学卒業と同時にアナリストとしての活動に専念するつもりです。昨年度、女子の15人制ラグビーの全国大会で優勝することができました。優勝してうれしかったのですが、もう一度優勝してこの景色を見るチャンスがあると考えたときに頑張りたいと思えたので、今年も優勝するというのが今の大きな夢です。
その後、アナリストとしての夢はサントリーサンゴリアスの日本一に貢献したいですし、女子の日本代表アナリストになって、男子のように世界のラグビーの歴史が変わる瞬間に携わりたいという思いがあります。
―アナリストに必要な資質は?
「即行動ができるかどうか」だと思います。自分はなりたいと思うだけで終わらせるのではなくて、どうすればなれるのか。自分で探してJSAAの講座に参加しましたし、千葉さんとのご縁があったからこそですが、サンゴリアスの面接も受けました。アナリストを目指すことをいいわけにせずに選手としても妥協せずに競技していますし、自分で考えて行動してきました。
私は「できない」とは考えなかったです。時間は自分で作るものですし、なんとかできると思って行動してきました。一番はやりたいと思って行動できるかだと思います。そしてそれは、周りの方々の理解と協力があってのこと。これがなければ選手やアナリストの活動は続けられなかったと思っています。
自分のモットーとしているのが「できない理由を探すのではなく、できる理由を探す」という高校のラグビー部のコーチの言葉です。この言葉と出会ってから、ラグビーでも私生活でも苦しい局面やマイナスな気持ちになった時に、できない理由を探してしまいそうになっても、できる理由を考えるようになりました。その精神はアナリストを目指すときにも生きたと思います。
ただ、私自身はアナリストに向いていないと思います。アナリストは「縁の下の力持ち」という感じの役割になると思うのですが、目立ちたがりなところがあって、自分が縁の下にいけるのかと笑。
向いていないとは感じるんですけれど、逆にそういう性格の自分だからこそ、アナリストは後発な役割だと思うので、新しいスタイルを確立できたらと思っています。どんなスタイルになるかはまだ分からないんですけど笑。そうすることで、もっとアナリストになりたいと思う人を増やしたいです。こういう人間でもアナリストになれることを証明すると、間口が広がるし、女の子でもできると思われるようにしたい。自分がアナリストっぽくなるよりは、自分らしさを追求していきたいと思っています。
―どうしたら、スポーツアナリストになれると思いますか?
自分がアナリストになりたいと発信することだと思います。口に出すことで責任が生まれますし、誰かが見ているかもしれない。自分の意志を発信することが、アナリストになるための第一歩になると思います。
(インタビュアー:豊田真大/スポーツナビ)